ここ数年、もや~っとしていることですが、
思い切って、文字にしてみる。
このところ「毒親」なる言葉が割と一般的に使われてます。
というか、そういう風に私のアンテナが向いてるから、目にはいるんだよね。
毒親についての出典はこちら「毒になる親」スーザン・フォワード
実は私もだいぶ前にこの本は持っていて、自分は毒親に育てられたのかも~などと
思っていたのですが。
長男が、2年ほど前から、私を毒親認定したのか、一切、連絡拒否してしまってる。
最初、をいをいと思い、連絡を試みたが、長文のそれはうんざりするようなメールが届き、
現在も、とりつくしまもない。
うーーん。
歴史は繰り返されるのね。
まあ、私がアルコール依存症であるというのが、一番大きな理由なのだけれど、
言い訳させてもらえれば、小学生の問題バリバリの頃から寄り添った(つもり。これが悪かった?)
大学までの学費はしっかり払って育て上げたし、
借金したこともないし、暴力をふるったこともない。
お酒を飲んで、家事ができなかったことはあるけれどもね・・・・・。
私が体調悪くする度、自分のせいだと自分を責めて、走ってきた長男ではあったけどね。
子育てに反省することは多々あれど、それは、世の親なら大なり小なり感じることで。
だんだん親の手を離れて、社会の中で形成されてゆく我が子の性格まで
責任は負えない。
で、最近、思うのです。
この子、かなんわー。苦手やわー。
もっと言うと、「腹を割って話せないわー。価値観ちがうわー。ストレスたまるわー」
(言っちゃったよ)
親は、いくつになっても親で、子どものことを愛している・・・と思うのは幻想で、
子どもと親の相性もあれば、どーーしても合わないことだってある。
「オヤダカラ、イツイカナルトキモ、コドモヲアイサナケレバナラナイ」
というのは、これも、ジョーシキの呪縛じゃないんだろうか?
息子が嫌っている以上に、実は私は、この子が苦手かもしれない。
で、遠くから幸せを祈るのは、人として自然に思うけれど。
私も子育てヘタですけど、もー、いろいろと、お互いさまじゃないっすか。
まだ50代の母親に対して、介護も放棄する。
と言ってのける長男に対して、うーーん。。。と、もやもやしていたけれど、
とりあえず、「おひとりさま」関係の古本、Amazonで注文しちゃったよ。
まー、どうにもならなくなれば、行政から血縁に連絡がいくんだろうけれども、
今からネットワークつくっておけば、なんとかなるような気がする。
平和な国、ニッポン。
家族が解散しようとも、ちゃーんと納税してる息子たち、立派じゃないか。
ここらでもう、母親の看板おろして、
好きも嫌いも、自由に表現できるヒトになろう。