哲学で考えると、宗教主義的にはなりますが、

 ※ここで言う宗教主義的とは 絶対に正しいとされる考えをもとにする ことです。



▶️言葉で人生は変わる


と私は信じて普段から行動しています。言語学を研究していたとき、


Dwight Bolingerという言語学者が、Meaning and Formいう論文の中で、

"A difference in form implies a difference in meaning."(1974)

(形式が違えば、意味も何らかの形で違う)

書いており、ずっと頭に残っていました。


幼い頃から人が発する言葉に興味がありました。

母が言う事に対して質問して、しつこい子だね、人の言葉にこだわって。気持ち悪い。

と嫌われていたくらい。

母にハラスメントのような言葉をかけられるのは嫌でしたが、それでも、人がその言葉にどんな意味をのせているのか考えることをやめられませんでした。

病気のように、

なぜ、この場面で、その言葉を選んでいるの?なぜそんなこと言うの?そんなことするの?

小さい時からとにかくずっと考えていました。実際考え過ぎたのか、鬱になりました。

私の欠点でもあり、嫌われ要素でしたので、なるべく隠していたかった癖のようなものです。

そんな嫌われ要素が自分の人生に役に立つ日がくるとは思わず、40年。

ここ数年、AIを使っていて、あれ!と気づいたのです。

私の一日がどう完成するかは、AIに入れる「プロンプト」と同じだ。


Bolingerの言っていることは使える。


どんな一日にするかは、具体的にプロンプトやその形式で変えられる。



その気づきがあってから日々自分がどのような言葉を使って過ごしているのか、何を優先しているのかを「俯瞰」してみるようになりました。


人の言葉には敏感なくせに、自分のことは振り返らない大馬鹿者だったのですね。そりゃ嫌われる。


言葉の正しさもそうですが、日常で使う言葉。


ヤバ!ウマ!草?!←使わないので合っているか不安な私

ムカつく!ひどい!

〇〇じゃね?

いただきま ←夫が使います。気持ち悪くて仕方ないです…


タイパ、コスパ、


これらは人生を狂わせると思います。あくまで主観ですが。


私は元々これらの言葉は違和感しかないので、絶対使いません。(その違和感こそが、大切だったと気づくのはまた後ですが…)


ただ、母に散々キツイ事を言われて育ってきたので、


私なんていなくて良い、死にたい、母の奴隷、私が全て悪い、


そういう言葉は私の中にいたので、その"プロンプト"をdelete するために、気づく必要がありました。


ではなぜこの言葉が良くないのか?私なりに考えたことがあります。


▶️ヤバ!などが人生を狂わせる理由


ヤバ!は、色々な意味を含んでいます。だから便利で多くの人に使われているのかもしれませんが、何も意図せず使っていると、その中に含まれている意味を考えなくなります。


便利な言葉ほど色々な意味が含意されていることを忘れてはだめです。


言葉は曖昧(fuzzy集合といいます)です。必ず核となる意味はありますが、文脈で変化するのは体感済みのはず。


放っておくと、言葉の中にある意味を考えなくなり、自分がどんな意味で発しているかに鈍感になります。


それはつまり、「何を望んでいるのか」自分で把握できなくなることに繋がります。


言葉は元々「抽象」ですが、「ヤバ」は、さらに抽象的にしすぎです。


自分が何をしたいのかを見失います。なんでも抽象的にするのは、


「雑」に世の中を見過ぎ


だと私は思っています。


雑に世の中を見るのは、


そもそも発見がなく

人生をつまらなくする


要因になります。


プロンプトは具体的に指示するための指令のようなものなので、


具体的な結果が欲しい時は、具体的な言葉が必要です。それも言葉を丁寧に選ぶべきです。



ある程度決まった結果が欲しい時は、具体的に厳選して選んだ言葉で自分に指示することが大切です。


なりたい姿、やりたい事、を思い浮かべ、プロンプトを自分の何に入れていくイメージです。


やりたい事をやれると自己効力感につながりますから、


なんか人生の主導権を取り戻したなぁ、


という感覚が出てきます。だから私は、私なんて、とか、この子なんてとか、どうせ変わらないとか、そういった言葉には取り消し線を一旦引くようにしています。


それは人生においてとても大切なことだとは思いませんか?



では、ドキドキワクワクが欲しい時は?


▶️ドキドキ、ワクワクが欲しい時


これは一択。


ゼロショット


です。ゼロショットとは


「お手本なしでAIにお願いをすること」


です。具体的には、あ、やってみようかな?とふと思った


いつもと違うことをする


違う事をした後に自分の予想できないちょっとした変化を楽しむ


ことです。フロー体験に近いです。例えば、なんでも良くて、


いつもと違う飲み物を飲んでみる、

40年やらなかった腹筋をしてみる、←私です笑

いつもと違うカフェにいく


など。あまり何か変わる!と思わずやることです。そうすると、必ず小さく変化しています。


最初は「感」が鈍っているので、小さい時のようなワクワク感はあまりないかもしれませんが、ちょっとでも良いから何か感じた事をメモしておくと◎です。


私の腹筋の気づきは、


やると汗が出る、


当たり前!笑い泣きううん、当たり前ではないです。私にとっては。私は多少のことでは汗は出ない人なので、ちゃんと汗出るんだって。


それから、服を着こなすのにも大切と思いました。


そんなことで良いんです。


▶️全ては人生の学びのために


大人になると急に楽しくなくなってしまった人生。ただ、ちょっとしたことで変えられると思うと楽しいと思いませんか。


言葉を変えて、その言葉の優先順位も考えて、時にいつもやらないことをして


そんなことで変わるの?って思うかもしれませんが、変わるんです!本当に‼︎


今日ブログで書いたことは、私が前のブログで書いた通り、色々な事で悩み悩んで苦しんで、鬱になって、死にたくて、お金もなくなって、


ようやっと気づいたことで…変なの!キモ!って思われるかもしれませんが、でも、変わるから、誰かの役に立てたらそりゃ幸せ、って思って書きました。


完全に私の頭の中を説明するのは難しくて、分かりにくいかもしれませんが、もし読んでくださる方がいて、やってみようかな、と思ったらぜひ!


やっても悪いことは何も起こりませんので。(ただ、内観するので、自分を本気で変える勇気だけはいるかもです)


届くといいなぁガーベラ