先日娘の体育祭がありました。娘は大玉送りと綱引きに出る予定で、楽しみにしていました。


綱引きに使う軍手を嬉しそうに選んでいました。


ところが当日、綱引きには出してもらえなかったのです…


理由は簡単。前日、予防接種のために早退したから。それは仕方ないですが、

娘が傷ついのは、当日、綱引きに出ない人を決める時。

一斉に皆んなが、何も言わずに娘の方を見たそうです。

でたでた…日本人の宗教的習慣

「みんな教」

空気読めよ
読まないのは「恥」だ

っていう。娘は拗らせたくなくて、身を引いたそうです。娘は身体は小さいけれど、体格は良いし、怪力です。だから活躍したかったのだろうな、と思うと胸が痛くなりました。


日本人は無宗教の人が多い代わりに、とにかく、

「空気読めよ」文化。

それが良い時もあるのは確かです。和を重んじることで、集団としてのまとまりも出てきます。令和の元号が語る通り、美しい調和となることもある。

ただ、

「みんな」が天の神様よりも恐ろしく、絶対的な存在である

ってどうなの?と思いませんか?

みんなと同じ意見である、みんなに従わないのは恥ずかしいことであって、空気を読めないことが悪である。

オェゲロー

私は教育者ですが、みんな教、大嫌いです。

でもね…娘が家で何度も言っていました。

私、綱引き出たかった。つまらなかった。

って。私はヨシって思いました。本音を出した娘は誰よりも偉く、素晴らしい。

集団主義(Collectivism)か個人主義(individualism)かではなくて、両方あって良い。ただ、どちらかに傾くのではなく、

自分がどうしたいのか

真剣に考えること。そこに、誰か知らない人の意志が乗っていないか、自分によくよく問いかけていくこと。

何歳になったって、どこにいたって、自分に純粋で真剣でありたいし、自分のこどもたちにもそうであって欲しいと心から願う母です。

とりあえず、私はと言えば、

みんな教の布教活動はやめたい

ですね。

だから…このブログを読んでくださる少数の方々、みんな教の中で生きていることを自覚し、

皆んなが、ではなくて、

自分はどうしたいのか?

を常に大切にしていっていただけたら筆者としては嬉しいなぁ。なんて、マーケティングの目的以外で誰か読んでくださっているのかしら笑