加藤さんが、旅だった。

 

2022年10月28日。多分11時ころかな・・・

腎臓が悪くて、急に悪化して、食事がとれなくなった。

それでも、何か食べたくて、台所で私を見つめて泣いていた。

大好きなものを、少しだけ食べると、満足して、たぶん、してないけど、

お水を飲んで、あきらめたように台所から出ていく。

 

最後は1.5キロになっちゃった。

朝目が覚めると、私の腕枕で一緒に寝ていた。あんまり軽くて、いつ入ってきたかわからないくらいだった。

 

毎日家で点滴をしたけど、点滴は栄養があるわけではないから・・・

先生は「痛くないです」って、言っていたけど、毎日朝晩針を刺されるのは、

やっぱり嫌だったと思う。だから、最後の方は、もう、やめた。

悩んだけど、そのほうが、枯れるように旅立てると聞いたから。

 

ごめんね。

 

旅立つ前日は、一人で外に行きたがった。だけど体力がなくてすぐに座り込む。

 

だから、抱っこして一緒に近所を歩いた。

 

虹の橋を渡っても、忘れずに帰って来られるようにと。

彼女は知っていた思う。黙って、私の話を聞いていてくれた。

 

そして、翌日、旅立った。

 

仕事に出ている間に、一人で眠るように逝ってしまった。

午前中で帰ってきたんだけど、間に合わなかった。

 

私には、それはとても辛くて、仕事に出たことを悔やんだけど、

猫という生き物は、「死に目には会ってほしくない」と望んで逝くんだね。

 

まったく、潔いったらない。

 

彼らに言わせると、「人間は、センチメンタルで困る」らしい。

 

彼女は、「動けなくて、食べられないのに、これ以上地球にいたって、いようがないやろ??おかあちゃんだって、大変やん?」(なぜか突然、関西弁をしゃべっとる)

 

たっぷりご飯を食べて、走り回っているから、いつまでも、めそめそしたらアカン!らしい・・・

 

手がかかったし、わがまま猫さんだったから、まだ家の中を探してしまう。

本当に、寂しい。

 

彼女の遺影をスケッチしてみた。本当は、写真も動画も載せたいのだけれど

なぜか、スマホからアクセスできなくて、写真は今度にするね。

 

加藤さん、

うちに来るなり、「へっっくしょん~~!!」と、加藤茶さんみたいなクシャミを

連発したから、命名した名前。

けど、普段は トト、とか、かとと、とか、はな黒 とか呼んでた。

 

加藤さんが、自分のことだとわからないといけないから、お骨には、全部の名前を書いたよ。

 

そんなところには、おらんよ~

 

って、言われそうだけれど。 長い間、一緒にいてくれて、ありがとう。

またね。