Tabi & Zakka -20ページ目

Tabi & Zakka

色んなところを旅して見つけた雑貨のブログ


年末年始にかけて食べられるのが「」です鏡餅


白峰でもやっぱり「」を食べるのですが、

白峰で食べられる「」のほとんどを搗いているのが、

トチ餅屋「志んさ」です。


白峰の「」言えば「トチ餅」を思い浮かべがちですが、

さすがに正月は「紅白餅」をみんな飾るなり食べるなりするみたいです。


だから「志んさ」は朝から大忙しあせる


僕ら「田舎で餅搗き隊」も派遣されることが決まり、

餅粉で真っ白になりながらたくさんの餅を丸めました。


他にも何人か手伝いに来ていた人がいたのですが、

まさに「もちつもたれつ」の関係だなぁ…sao☆


餅丸め意外と面白かったですよキラキラ





白峰のような小さな集落には

町にはない面がたくさんある。


それは良い面もあれば時に悪い面も存在する。


例えば良い面を挙げるとするなら、

小さな集落だからこそ近所付き合いが活発で、

集落全員が顔見知りと言っても過言ではなく、

コミュニケーションが活発に行われる。


町ではすれ違う人だけにあいさつなんてしないけれど、

白峰ではほとんどの人があいさつを交わす。


それに困っている時はお互いさまという精神で

お互いに助け合うことが普通に行われている。


言わば、「人情によって人間関係が構築されている」のだ。


町では困っていたとしても

それを相談する人がいなければ、

解決してくれる人なんてなおさらいない。


解決するとすればなにかとお金を払うという、

金銭によって人間関係を構築している」と思う。


この点に関しては小さな集落での生活はとても快適で、

町よりもはるかに良いと思える。



しかし、悪い面ももちろんある。


その一つは、「噂の恐怖」だ。


小さな集落だからこそ「」というのがすぐに広まり、

変な噂をされたくないとみんなが思っている。


それも集落の人ほとんどが顔見知りだというのだから

余計に「」は現実味を帯びて伝わってしまうのだ。


町では「へぇ~そんな噂があるんだ」程度ですむことが、

白峰では各井戸端で話が盛り上がる。


そのせいもあって集落の中では

意見をぶつけ合うことを避ける傾向がある。


それはもし下手に敵をつくってしまい、

それが噂になって「村八分」になることを避ける為だ。


だから話し合いということがあまり好まれず、

斬新な意見や革新的な発言がされないので、

地域活性化が遅々として進まないのだと思う。


僕らにできることはその「集落の性」を

少しでも取り除くぐらいかもしれない。


それでもそれができれば、

地域活性化がいくぶんか前身することを期待するばかりだ。










これまで色々なところへ行って、

色々な人と出会った。


その度に思うのだれど、

人と人との出会いってスゲェと思う。


その人がいなかったら何も出来なかっただろう」とか、

その人じゃなかったら何も起こらなかっただろう」とか、

そんなことがいつもある。


それは単なる結果論かもしれないけど、

そこには何か不思議な力が働いている気もする夢


だから一人一人に存在価値があって、

生きている意味があるのだと思うキラキラ


自分の存在価値に気付いてくれる人と出会えるかどうかで

人生を楽しく生きていけるかどうかが決まる

と言っても過言ではないのだ!!笑)



それとタイミングってのもスゲェと思う時がある。


あのタイミングで行こうと思ったから行けた」とか、

あのタイミングで聞こうと思ったから聞けた」とか、

なんかそんなのもいっぱいある。


もしちょっとでもタイミングがずれていたら

上手くいくはずのものも上手くいかなかったりするし、

物事が上手く運ぶって事は、

めちゃめちゃタイミングが良いんだと思う。


タイミングを上手く掴めるかどうかで

自分の思い通りに生きていけるかどうかが決まる

と言っても過言ではないのだ!!笑)



こんなことを白峰に来てからも

改めて思う今日この頃です音譜