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Tabi & Zakka

色んなところを旅して見つけた雑貨のブログ


今日はカンジキを履いて雪山を歩き、

天然記念物のカモシカを観察する仕事をしました。


まぁ実際は仕事というようなものではなく、

半分以上は遊びの感覚ですが、

カモシカの実態調査という面では真剣そのものです。


午前中は晴天に恵まれ、

まさに観測日和となったのですが、

雪山を歩くのは結構疲れるんです。


まず普通の靴や長靴だけでは

足が雪に沈んでしまうのであるけません。


そこでカンジキを履くのですが、

カンジキを履いても全く沈まないというわけではありません。


やはり少しだけ沈むので、

歩くのにバランスを崩したり、

カンジキに雪がついて重くなったりして、

けっこうハードなんですよ。


しかもいくら歩けどもカモシカは一向に現れず、

猪が崖を登っていくのを遠くから見て

とりあえず昼ご飯となりました。


昼ご飯は持参したパンとカップラーメンです。


普通のシチュエーションで食べれば

カップラーメンもただのカップラーメンですが、

空気の澄んだとても寒い山中で食べるカップラーメンは

それはもうどんなものよりも美味く感じるのですキラキラ



とりあえず空腹を満たし、

もう少しだけ山を登り観測を開始したのですが、

最後もうそこまで行ったら帰ろうというところで

再び猪に遭遇!!


しかも今度の猪はけっこうドジな奴で、

必死に崖を登って逃げようとするも、

雪が深すぎて自由がきかず、

なんと足を滑らせて落っこちてしまいました。


しかも落っこちたところが運悪く

大きな穴があいているところで、

その猪は図らずとも罠にかかったみたいになっていました。


それでも必死にもがいてその穴から出ようとするのですが

あの短い足じゃなかなか願いは叶いません。


僕らがどんな間抜けな猪が落ちたのか見ようと近づいたその時、

もがきにもがきまくった猪が穴から飛び出し、

僕らめがけて突っ込んでくるじゃないですか!?


僕らは慌てて逃げたのですが、

猪も本気で襲おうとは思わなかったらしく、

すぐに方向を変えて走り去っていきました。



自分の仕事の見つけ方(大学生編)

ドジだけど向かってこられるとけっこう怖い


雪の上だったのでもし追っかけられたら逃げ切れなかったなと思いながら、

猪も雪の上だったので追いかけられなかったのではないかと

今はひとりごちています。


と、結局カモシカは見れずじまいかと思ったその時、

なんと偶然にも猪が逃げた谷のところに

カモシカが佇んでいるではないですか!?


しかもさっき落ちていった猪を心配するかのごとく

そっちのほうをじーっと見ながら、

僕らの方へは見向きもしません。


おーい」と呼びかけたり、

カモシカー」と言ってみたり、

色々としているうちにやっとこっちを見て

写真もとることが出来ました。



自分の仕事の見つけ方(大学生編)

お目当てのカモシカに遭遇!!


というわけで結構ハラハラドキドキ

満足のいくカモシカ観察でした。


でも雪山登山は本当に疲れます…





おぶつじ」=「御仏事と書くようなのですが、

今日はその「おぶつじ」に参加しました。


敬謙な浄土真宗を信仰している白峰では、

各家庭で行う「報恩講」の他に、

自分が門徒である寺に集まり

この「御仏事」というものを行います。


訳もわからないまま誘われるままに参加したのですが、

参加者全員でお経を唱和します。


唱和している間はもちろん正座の姿勢で、

とても長い間正座をしていたので、

終わった後は足が痺れて感覚が麻痺していました。


そして次に住職の説法が続きます。


住職は寺に置かれている物の話しなどをしていました。


それが終わった後は、

報恩講料理」と呼ばれる精進料理を食べながら酒を飲み、

めでた」と呼ばれる歌を歌うなどとても盛り上がりました。



改めた考えてみると、

このようなことが当たり前に行われており、

昔はどこの地域でも行われていたのだと思うと、

現在の都市部の生活の虚しさが感じられました。


確かに都市部は便利だし生活しやすいですが、

大切なものが欠けてしまったように思います。


白峰のような地方の田舎の良いところは、

こういったコミュニティの繋がりが強く残っており、

人のぬくもりを感じられるところだと思います。


だからこそこういった地域を守ることこそが、

時代と共に忘れられていく人のぬくもりを

守ることに繋がるのだと思います。





将来は田舎暮らししたいなぁ

と漠然と考えている方も多いと思いますが、

田舎」と言っても多種多様で、

理想の田舎で暮らせるとは限りません。


例えば、今は都市部に住んでいるけど、

実家は地方の農村部だという人は

結構簡単に田舎暮らしができると思います。


又は、親類関係が田舎に住んでいる場合も

同じように簡単だと思います。


しかし、そういった「地縁」も「血縁」もない人は

結構難しいかもしれません。


そこにはよそ者が超えられない

コミュニティの柵」というものが存在するからです。


なので「地縁」も「血縁」もないところで

田舎暮らしをしたいと考えている人は、

まずこの「コミュニティの柵」を乗越えなければなりません。


では、どのように乗越えるのでしょうか。


僕が思うにそのポイントは3つあると思います。



①自分はよそ者であると自覚すること。


②その地域の文化・歴史・慣習などを積極的に知ろうとすること。


③地域の人とコミュニケーションを取る時間・場所をつくること。



以上の3つのポイントを守ることによって、

時間はかかると思いますが、

確実に「コミュニティの柵」が低くなり、

いつしかひょいと乗越えられる時が来ると思います。


よそ者であると自覚すること」とは、

地域のことについてわからないことは

何でも地域の人に聞くということです。


その時に必ず謙虚な心を持つことがとても大切です。


とにかく何でも聞く、

そしてコミュニケーションをはかることがとても大切です。



次に「文化・歴史・慣習を知る」ということは、

その地域に住んでいる人たちを知るということです。


そして、自分はよそ者だからその地域のことなんて関係ないということではなく、

よそ者だからこそ地域のことを積極的に学び、

そこで暮らすための知恵などを守ることが大事なのです。


これができない人は正直言って田舎暮らしはできないと思います。


都市部では既に地域コミュニティは崩壊し、

プライバシーの尊重」という名のもとで

人間関係の希薄化が進んでしまっていますが、

小さな集落ではまだまだ人間関係が第一です。



そして最後の「コミュニケーションを取る時間と場所を作る」とは、

自分は忙しいから村の集会や寄り合いには顔を出さないというのではなく、

積極的にそういった時間を共有し、

更には自分から呼びかけるということも必要です。


地域の人たちに「あの人は何をしているかわからない

と言われているようではダメで、

積極的に近所の人たちと話をして

自分がやっていることを話すことによって、

あの人はこんなことをしてて、こんな人だよ

という噂が流れるぐらいが良いのだと思います。


もしかしたらそれはプライバシーを全てさらけ出すことになるかもしれませんが、

情報の公開こそが地域の人たちの信頼を得る一番の方法です。



コミュニティの柵」を乗越えることができれば、

例え地縁・血縁がない地域でも

とても快適な田舎暮らしができると思います。