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青藍山研鑽通信

作曲家太田哲也の創作ノート






 

暖冬とかいう名の生ぬるい冬の日が続いておりますが、皆さま、ますます御清栄の事と存じ上げます。

 

2019223日、福岡市の九州キリスト教会館に於きましてコンサートを開く事と相成りましたので、ここに告知いたします。

 

今回は小品を中心にしたプログラムをお送りします。さまざまなコンサートのアンコールなどに使われる、皆様がよく御存じの曲ばかりを集めてみました。どうせならば二部形式のコンサートのその二部を丸ごとアンコールにしてしまおうかという目論見です。まだ随分と若い頃、ある女の子の買い物につきあって街の洋菓子店に入った折、小さな、一口で食べられそうなものが何種類も入ったケーキの詰め合わせを見た事があります。ガラスケース越しに、その女の子が目を輝かせながらその彩り鮮やかなケーキを見つめている姿を横目にしながら、いつかそんな彩り豊かなコンサートを自分もやってみたいと思った記憶がありますが、ようやくその記憶が実現できそうに思っています。

 

静謐で透明な冬の音楽を皆様にお届けできる事を本当に嬉しく思っています。東欧に古くから伝わる小品「二月の恋歌」を、この小品が日本で演奏されるのはたぶん初めての事だと思いますが、御披露できるのも私にとっては大きな喜びです。

 

諸々の事情により、しばらく活動を休止する事になりましたが、これまでの締め括りとしてアンコールの詰め合わせをお送りします。寒い中ではありますが、是非お出掛けいただければ幸甚です。

 

どうか皆様、くれぐれもご自愛下さい。

 

 

 

               二千十九年一月吉日 太田 哲也 拝

 

 

 

 一部のチラシで223日が日曜となっておりますが、土曜日の間違いです。悪しからず御了承ください。

 
 


破れた鞄は無事に修復できたとそう思った。鞄の角がきっちりと形を成すように、鞄の内側に型の代わりに硬い本を入れて、その角に沿ってきっちりとガムテープで固めていった。うん、黒の布製ガムテープを使ったのはやはり正解だったね。まったく目立たないどころか、何やらお洒落なデザインに見えない事もない。ガムテープを使う時、いつもなら乱暴に手で引き千切るのだが、今回は一片、一片、を丁寧に、ほうら、ちゃんと一片毎に句読点を打つぐらいに丁寧にさ、ハサミで切り取ったんだ。

 


出来上がった鞄を見て、ほうっと溜息を吐く。うん、見事だ。これならば音楽の仕事を止めたって、ガムテープによる鞄の修復士として喰っていけるぞ、などと普段は低い鼻も高々に、よし、早速お買い物だなどと浮かれ出たんだ。

 


冬支度はまだまだ続く。八百屋に行き、大根、ジャガイモ、人参・・・さあ、これからは根野菜だ。煮込みの季節だ。今日から我が家の料理人は私ではない。私の部屋を毎冬、十年も暖め続けてくれているストーブさ。それから、おっと、醤油も切れていたんだ。ついでにオリーブオイルも・・・ってな訳で、久々に鞄はぱんぱんに膨らんだ。傷口を案じて、このところなるべく鞄に物を詰めないようにしていたんだ。

 


市場を出てすぐに私が耳にした音、うん、そいつはもちろん「べりべりべり・・・」という不吉な音さ。ああ、ガムテープの間から大根の尻尾が顔を出しているじゃあないか。慌てて市場に戻り、しどろもどろで顔馴染みの肉屋の御主人にコンビニ袋をねだる。ああ、有難うと受け取った袋に、買ったばかりの野菜を詰め込み、そいつを両手に提げ、肩からは満身創痍、おのれの不甲斐なさにぐったりとうなだれている愛用の鞄をぶら下げ、とぼとぼと帰途に着いた。

 


その時私の頭の中に浮かんだ話といえば、もちろん落語の枕でよく使われる棚の話だ。「おい、熊公よ。お前が昨日直してくれたあの棚ね。あれ、もう壊れちまったよ」「ええっ?そんなはずはないだろう」「いや、そう言ったって、実際に壊れちまったもんはしょうがないだろう」「・・・ひょっとしてお前さん、上に物を乗っけたりしなかったかい?」などという馬鹿馬鹿しいものだ。

 


というこの下らない鞄の話は、この十年ほど、だらだらととりとめなく詰まらない話を垂れ流し続けたこのブログの締め括りに相応しいじゃあないか。という訳でこのブログはここでおしまい。実はこのブログのリンク元になっているプロバイダー(このあたりの言語が正確かどうか、まったく自信がないのだが)がホームページのサービスを止めるというので、新しいホームページを知人が作ってくれている最中なんだ。そいつが出来上がってからも、何かしらの文章をどこかに書き続けるのか、それは新しい管理人様からの指示待ちって訳さ。

 


丁度、これが999個目の文章だ。丁度、千個になったら止めようかとも思ったんだが、うん、千個になると何やら達成感が出るかもしれないからね。いつまでも何かに届く事のない9という数字、その9の並びが自分には相応しいと思うからさ。このブログも999個でおしまい。そもそも達成なんて下らない事だぜ。折角、開いている窓をぱたりと閉じてしまうようなもんさ。

 


それにしても、折々、色んな方々を怒らせたブログでもあった。直接に怒りを私にぶつけてくれるような仲の相手なら問題ないが、そうでもない方々、ああ、心からお詫び申し上げます。確か「つんでれ」だっけ、そんな言葉があったと思うけど、不特定多数、いや、私の場合、不特定少数の目にさらされる文章はどうしても読み物として「つん」の部分が全面にでてしまう。幸い、直接に手紙やメールを差し上げる事ができた相手には「でれ」の部分をお見せする事ができたんだが、そうさね、やはりその「でれ」の部分の方がより自分の本心だろうね。

 


体を壊して、仕事がままならない状態になってから書き始めたこのブログ、よほど必要がない限り読み返す事などなかったが、ちょいとこの十年を振り返ってみようか、などと思っている。誤字脱字も直したいしね。後記という形で今の自分の目線から、過去の自分に突っ込みを入れてみたいという気持ちもあるんだ。私の部屋の押し入れ、その中は目も当てられないぐらいぐちゃぐちゃだが、いやいや、このブログのぐちゃぐちゃさに比べると可愛いもんさ。

 


昔、中上健次の連載エッセイの最終回の締めに、これが映画なら音楽が流れるところだという風な記載があったが、中上の頭の中で流れる音楽はさぞかし壮大なものだっただろう。もし、このブログの終わりに音を入れるとするならば、玩具のラッパで「ソ・ド」だとか「ドッソソラッソ・シッド(ラにはフラットが付く)」てなもんだろうね。

 


                                     2018. 11. 22.





 

 

 
 


灯油を買いに出掛けたり、根菜を買い集めたりと、ああ、面倒臭いがしょうがない、これから寒くなるからねえなどと一旦は思うんだが、そうだ「冬支度」をしなければと思い直すと、突然いそいそと出掛けたくなる。「冬支度」という言葉一つに騙されて、何となく楽しい気分になってしまう自分の頭の悪さ、別に嘆く事じゃあないさ。どうせやらなければならない事なら、楽しくやるのが何よりだ。頭が悪い事だって、悪いばかりじゃあないぜ。頭を振ると、頭蓋骨の中で小さな脳味噌がからからと乾いた音を立てて転げ回るが、ほうら、それだって何だか楽しげじゃあないかね。

 


冬支度、今年の冬仕度、そいつはいつもと違う。うん、今年は大ネタを準備しているんだ。この十年、自分でも驚くほど小品を書いた。駄菓子屋の店先に並んでいる子供騙しの玩具みたいなやつ。お菓子ならば「コリス」だとか「ゼリコ」だとか、どうみてもハリスやグリコのばったもんさ、そういうちっぽけな小品を嫌というほど絞り出したんだ。

 


何のために?もちろん準備だ。大きなやつを書くための。大きなやつを書いたところで、誰かに演奏してもらえる見込みはあるのかって?いや、そんな事はもういいんだ。ともかく書く。海パンを一つで踊ったりはしないが、小島某とかいう芸人の台詞「そんなの関係ねえ」ってなもんさ。

 


書く事でしか世界を認識できない、うん、それが作曲家ってなもんなんだ。あのセバスチャン・バッハだって、演奏の見込みがないのに「ロ短調ミサ」を書いたんだぜ。セバスチャン・バッハ自身はプロテスタントだが、どうしてもカトリックの様式でミサ曲を書いてみたかったんだろうね。ともかく書けるまで書く、そうして世界を認識したいなどとほざきながらも途中で犬みたいに野垂れ死ぬ、うん、それが作曲家ってなもんだ。

 


作曲家の学生だった経験がある人だったら、その多くが首肯してくれると思うが、大学一年の夏休みに、シューマンの歌曲集「詩人の恋」の譜面なりレコードなりを持ってどこかに籠らなかったかい?調性の世界の足を踏み入れるその第一歩を導いてくれる曲集さ。 

 


シューマンを知ったその時の衝撃は大きかった。私がこの十年、調性を持つ小品にどっぷりと浸かり込んだのは、もう一度そいつを体験するためだったんだ。それは世界の縮図を完成させるために、小さなパズルのピースを一つ一つ嵌めてゆくような楽しい作業でもある。シューマンの歌曲集に関しては、先週も生徒の一人にその話をした。是非勉強してみるといいよと。殊更にレッスンの課題にしようとは思わないが、もし誰かがそれについて質問してきたら喜んで答えるつもりだ。

 


もうすぐストーブに火を入れる。このストーブってやつ、実は私にとっては有難い調理器具なんだ。その上に鍋を乗せ、うん、何だっていいのさ、根菜に肉、豆、ともかくそれをことことと煮詰めながら作曲をする。今年の冬は大曲、そいつもじっくりと煮詰める予定さ。作品が出来上がった頃には春になっている事だろうよ、ああ、私にしては上出来じゃあないかね。

 


金子光晴はパリで人の家に居候を決め込んでいた冬、その冬の間、やる事もなくベッドにもぐり込んでバターを舐めながら数カ月を過ごし、春になったらふわりと体が軽くなっていたそうだ。いいねえ、冬眠をした訳だね。私も今年はそんな冬を過ごそうってな腹積もりさ。

 


ここ二十年、ほとんど毎日同じスタジオで作曲をしたり、楽器をさらったりして過ごしている。そのスタジオにはピアノが置いてあり、そのピアノには、うん、邪魔臭いとしか言いようがないんだが、カバーが掛けてある。何やら気取った布切れが。そのカバーには、うん、これは一体何なんだろうね、ともかく刺繍が施してある。多分西アジアあたりの植物文様だと思うが、私にはその模様がどうしても意地の悪いアラビアの王子が大きなムク犬の背中に乗って万歳をしているようにしか見えないんだ。(下写真及び図参照)いつからそう見えだしたのかはわからない。ともあれその文様が、元々は自分にどう見えていたのか、そいつが思い出せないんだ。どう頑張ってみても、今の私にはアラビアの王子にしか見えない。その王子が薄笑いを浮かべる中、私は作曲をし、楽器をさらう。もう二十年間もそうさ。嫌になるぜ。ああ、もう八時だ。これからまたスタジオに入って、王子に笑われなければならない。

 


                                      2018. 11. 13.