【朝ブログ】
人生をふりかえるとき、私はよく「ずっと辛かった」とか「ずっと虚しかった」って書いてきたけど、それほんと?
「ずっと」ってほんとに「ずっと」だったの?
昨日の【夜ブログ】を書いてて、ふとそんなことが思い浮かんだのでのです。
おはようございます。
❇️熊本発❇️
心屋認定カウンセラー
ジャージコバ認定講師
Lee こと 柳ゆみ です。
★「私の人生はずっとつらかった」という前提
私が以前のことをふりかえるとき、過去のある特定な出来事や状況が浮かんでいます。
小さい頃
お母さんに置いていかれたあの時。
お父さんに「出ていけ」と言われたあの時。
友達に言われて傷ついたあの時。
大人になっても
人が去っていったあの時。
父が突然亡くなったあの時。
離婚したあの時。
で、その特定な出来事や状況っていうのが、十中八九悲しかった、辛かった、嫌だった、腹が立ったというネガティブな感情を伴っている。
そういう1つ1つの出来事(点)を繋げていってできた私の「人生」っていう「線」は、悲しげで辛そうで嫌なことたくさんあって虚ろで空っぽ。
そこで昨日私は( -_・)ん?となったの。
待てよ待てよ(;-ω-)ノ
私の人生ってそんなに辛いばかりだった?
辛いこともあった。悲しいこともあった。
でも同時に楽しいことも嬉しいことも笑ったこともたくさんあったやん!
なのにどうして人生をふりかえるときにはネガティブばかりを取り出すんだろう?
楽しいことより苦しいことの方をすぐに思い出すとか、嬉しいことより悲しいことの方をよく覚えているとか、これって脳の傾向?それとも私の思考の癖?
いずれにしても、私はネガティブな思い出を引っ張り出してくるのは得意である。(今頃自覚)
その上で
(心屋的に言えば)
記憶は700%嘘
なのだから
自分の記憶を疑ってかかるくらいがちょうどよい位かも。
★「私の人生はずっと辛いこともあったけど楽しいことも嬉しいこともたくさんあった」前提へ
ずっと辛いばかりではなかった。
こういう考え方ができてきたのも、この一年心屋で自分のつらかったこと、悲しかったこと、嫌だったこと、我慢していたこと等々、「その存在はわかってるけれど、向き合えない、向き合わない」をやってきたことに1つ1つ向き合ってきたからだろうな。
まだその途中だけれども。
それに、幸せでも嫌なこと、悲しいこと、腹が立つことは相変わらず起こり続けるのだ。
だから、
もう、
ぐずぐず言ってないで(笑)
私はもう幸せになっていいよ。
人生を嫌なことだらけにしなくていい。
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