新米ママだったころの話。 | full of love・・・

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2018.8. 早期の乳がんと宣告受ける
2018.9. 右乳房全摘、右腋窩郭清
2018.10. 腫瘍1.8センチ、リンパ節転移1/10、
     HER2(-)、ステージ2a
2018.9〜2019.1.
EC療法
2019.1〜 ホルモン療法開始(10年予定)

長女が先週末から体調を崩していて、

ずーっと学校休んでるんですわ。

困りますなあ、勉強も遅れるしさ、

塾も行ってない。

ま、塾は試験前にたくさん行けるように

調整してもらえるからいいけど。


インフルかと思ったら違ってさ、

マイコプラズマだってさ。


咳が昨日から徐々にひどくなってるけど、

今貰ってる薬を根気よく飲むことで、

細菌をやっつけるしかないね。


マイコプラズマ。。

長女は幼稚園のときになったことあります。

そのときはホント大変だった。

今回約8年ぶりに患って、

幼稚園の頃の、子育てに必死だった自分を思い出したわ。

子どもたちが体調崩すたびにナーバスになってたな。

本当に未熟な未熟な母でした。


最寄りの、大人気の小児科の対応にムカついて、

ベテラン看護師と喧嘩しそうになったこともあった。

さすがにそれは大人としてダメだと思って我慢したけど、

点滴を受ける長女の横で、

悔しくて悔しくて涙が止まらなくて。。


そのとき長女は泣いているわたしに気が付き、

いつもは注射針を怖がり暴れるのに、

その日だけはグッと口を真一文字に閉じて、

痛みに耐えてみせたの。

わたしが泣いてるのは自分のせいだと思ったのか、

ただ、わたしを笑顔にしたかったのかはわからない。

でも、あのときの、痛みをこらえる長女の気丈な姿を思い出すと、

今でも涙が止まらなくなる。

わたしは、幼い長女にずっと助けられながら生きてきたから。


婦長の心無い一言に傷つき、

自分で自分の顔が鬼のようになっていくのに気づいたけど、

笑顔に戻せなかったこともあったな。


受付の女子や、看護婦長、看護師のベテラン数名が、

揃いも揃って何か勘違いしている小児科だった。

小児科とアレルギー科を専門としていた先生。

とくにアレルギーの症状の見極めには定評があった。

そのためわざわざ遠方からも患者が押し寄せ、

いつも大繁盛の小児科だった。


うちの子たちは幸いにもアレルギー体質ではなく、

ただ最寄りだったから通っていただけ。

最終的には病院変えたけど、

通っている間はいいことなんて一度もなかった。


大人気の病院に勤めていたら、

受付の若い女子でさえ、

まるで医者にでもなったかのような、

錯覚をおこしてしまうのかしらね。

とっても横柄な口のきき方をされたことがあったわ。


そうなると自然に発生するのは、

ママ友との情報交換。

あの小児科はあーだこーだとわたしが愚痴ると、

同じように思っていた人もいて、

「でも、一人だけ若手の看護師でいい人がいる」という話になった。

そしたらその看護師さんと、数年後に驚きの再会をしたの。


とっくに病院変えた後のこと。。

従姉妹の父親が亡くなったときに、

斎場で偶然会ったんだ。。

普段は白衣着てるけど、斎場では喪服。

最初は他人の空似かと思っていたら、

向こうもわたしに気づいたようだったの。

なんとその人、わたしのハトコだったの。


本当に史上最低の病院に居た、

たったひとりまともだった看護師さんが、

わたしのハトコだったことはちょっとうれしかったな。


でも、病院内ではわたしはマークされていたかもね。

気難しい新米ママだって(笑)。


過去の話ではありますが、

それも本当のわたしです^^。


あ、斎場で会ったときは、

明るく楽しく会話をしましたよ^^。

お葬式で明るくってのもアレだけど、

まあ、愛想よく大人の対応でね^^。


それまでのわたしの悪い印象は、

そのときで払しょくされたと思いたい・・・σ(^_^;)