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ぴかりん♥pikakoのブログ

人間をどっぷりから染まる。どんどん変わって行く様子を記します。
一人でも多くの人間が還りますように
(*^3^)/~☆我らもとひとつ

自分のことばかり考えているからだ!

神意識で物事をとらえなさい!

地上天国をつくるために、人類皆覚醒を常に意識できていますか!




我が師である前島ひで子さんから御言葉は

誠の愛です

 

迷い子の光輝く女性をみつけるため・・・

大切な人に覚醒してもらうため、死に者狂いになります

・・・でっ・・・・、自分にとって大切なひととは・・・



今春、日女道(ひめどう)を新たに学び始める女性は400人。

入学式を間近に控えて、いまだに迷子の日女(ひめ)がいるという


マヤ文明がこつ然と姿を消えたように
2012年12月21日 
その時は静かにして足音らしき音ひとつ立てずに
やってくる
やってきている


そのとき、生命(いのち)達は2分化されるという
覚醒者は祝福のもと神のみ胸に抱かれることができるという・・・

覚醒への近道は
「日女道」に入門することである

DSC_0273.JPG
作者:前島ひで子さん


だから、
摩擦をおそれず、頭もお腹も空っぽにして
大切な人には、大切なことを伝えるべきだ

だから、迷い子を死に者狂いでさがすべきだ

ペタしてね
日女の仲間をつくりたくて



“身近な仲間を集め、真理を伝えようと思った”



しかし指摘を受けて間違いに氣づいた。




経験者は語った。

師につなげるつもりが、

また聴き情報を鵜呑みに

したまま満足してしまい、

そこで完結してしまう

可能性を秘めていると。








知識で得た真理を語るのではなく、



今の自分(師と出逢ってどうなったか)を



語ることに傾注しようと思う。








禅寺の食事お作法の教えのように



ご飯はご飯だけで食す



塩昆布は塩昆布で食す



御飯の上に塩昆布は置いて頂いてはならないのです。





塩昆布のこぶ・しお・しょうゆの味が混ざると

ご飯は別物になってしまうのです。



人生の中で塩昆布や梅干しに出会う必要があるんだけれど、


それぞれの栄養素を取り入れる必要があるのだけれど、


お腹に中に入ったら元一つではあるんだけれど…。



口というチャクラから摂り入れるときは、

素・直・純がよいのです。




「異質なもの」の融合ってね


外の世界で混ぜるのではなく、


それぞれを個々で体験を味わった挙げ句に

咀嚼により融合され、胃や腸の中で

消化・吸収されるものなのかもしれません。


だから消化・吸収(覚醒)のために


「実践・行動」 必要なのですね。



そして 食したそれらは

排泄(手放す)の行為により 「智慧」 に変わるのでしょう。










31日・1日 節目のとき 

京都にある禅宗の研修施設での

「日女道 生命の学校」の

宿泊研修に参加してきました。


食事作法は細かく決まっていて

晩は切干大根と味噌汁と麦入りごはんと漬物(たくあん)2切れ

朝はお粥と塩コンブと梅干し1個とたくあん

まさに一汁一菜です。


食事は音をたてず、お風呂もだまって入る

あさ4時半起床、五時からは座禅・・・


暖房のない部屋で

寒さを味わい

ぬくぬくと生活していた

これまでの自分に

喝!


  3月29日にアップされた「日女通信(ひめつうしん)」の一部からご紹介します。 


摩擦

人間関係は常に意識の摩擦が生じます。なぜか?

関わる事は振動、思考の違う回転と擦れあうからです。

感情、思考はエネルギーであり波動だからです。

波形の違いや、回転数の違いによって人間的感情で見ると。

気に入らない、面白くない、怒り、嫉み、嫉妬、楽しい、嬉しい・・・などの感情が沸き起こるのです。


さて朝、雑巾掛けをしました。雑巾を媒体に全力をかけ拭いて行く。

拭かれる床は、そこに摩擦が生じます。この摩擦こそ床を磨くコツです。

私と床、互いが関わりの中で輝いて行く。

人間意識でぶつかりたくない、穏便、嫌われたくない等、対人関係を

逃げていては決してあなたの覚醒は深まらないのです。

深まらない所か、その感情こそ世界の次元上昇を妨げているのです。


その心は!

知識上だけの覚醒だからです。その思考は人間意識だからです。

頭で知っていても、自他がしっかりあるのです。

自我の自己防衛本能です。

人間と人間が向き合い、一つと成るには、「我、完全、一つ」を実践出来る勇気が最も必要です。

傷つけ合う事が目的ではなく、人類皆覚醒を目指すからです。

そこに自我が見え隠れする時、その意識、愛の層を見つめ、覚醒学校のメンバーである誇りを持って自己変革をお励み下さい。

意識の格差が出始めています。

道徳、倫理、常識的な良い人=知識上の覚醒モード。大きく差が出始めました。


魂の目覚めの段階は皆違うのですから当然の成り行きです。

共時性はこの知識ではない真の魂の目覚めによって起こるのです。


あなたは完全。

即。

目覚める。

自他不二。

これ以上の鍵は無い。


、今日の舞台であなたは何を脱ぎますか!!




イソップ童話から「粉屋の息子とロバ」をご紹介します。

周囲に振り回されてばかりいると、大事なものを失ってしまうというお話です。
どの人をも満足させようとすれば、結局誰をも満足させられない。人の意見に左右され、なんでもいうなりにしていると、自らの本質を失うことになります。

人にどう思われ、どう見られているかばかり気にしない。
大切なのは自分はどうしたいのか、どう生きたいのかということですね 

*********************

粉屋とその息子が、ロバを売りに町へ出かけて行きました。


ロバを引いて、二人で歩いていると、
「見ろよ、せっかくロバを連れているのに、あの親子ったら歩いているぜ」と、道で遊んでいた若者が大声で言いました。

仲間の若者たちも、それを見て笑っています。
「あははは。本当だ。俺たちだったら、ロバに乗って行くけどなあ」

それを聞いて粉屋は、「なるほど。それはそうだ」
と、さっそく息子をロバに乗せて、歩き出しました。

すると、それを見つけたおじいさんたちが、口々に言いました。

「あれをごらん。近頃の子どもときたら、おやじを歩かせて自分だけ楽をしている」
「本当に。まったく情けないったらありゃしない」

そう言われると、粉屋も何だか腹が立ってきて、息子に怒りました。
「そうだそうだ。お前は子どもなんだから降りろ。ロバには、父さんが乗って行く」

粉屋がロバに乗り、その後を息子がトコトコ歩いて行くと、
今度は、

「まあ、かわいそうに。あの子を見てよ」
野原で赤ちゃんを抱っこする奥さんたちが、ヒソヒソ話しています。

「ひどい親もいるものねえ。あんな小さな子を歩かせて平気だなんて」

「そうね。親だったら、一緒に乗せてやるのが普通よね」

それを聞いた粉屋は、あわてて息子もロバに乗せました。

「まったくだ。父さんが悪かったね」
ロバは粉屋と息子を乗せて、ゆっくりゆっくりポコポコ町に向かっていきました。

そろそろ町が見えてきたころ、本を抱えている男の人に会いました。

男の人は首を傾げながら、粉屋と息子に近寄ってたずねました。「このロバは、何か悪いことをしたのですか?」

「えっ? いいや」

と、粉屋が首を振ると、男の人は目を丸くしました。

「なんて事を! 何も悪い事をしていないのに、あなた方はこのやせたロバに乗って来たのですか? 私はこのロバがひどい悪さをしたので、おしおきをしているのかと思いました。あなた方には、ロバの苦しみがわからないのですか? ヨロヨロしているではありませんか。・・・おおロバよ、私ならお前を担いで行くだろうに」

 男の人があまりに悲しそうな顔をするので、粉屋は何だか、とてもひどい事をしたような気持ちになりました。


「うん、そうだ。わしのロバは、いいロバなんだ」


そこで粉屋はロバを逆さにして、足を二本ずつしばり、間に棒を渡して息子とかついで行く事にしました。


町に着いて橋を渡ろうとしたときです。

「あれはなんだ? 何をしているんだ?!」と、誰かが叫びました。その声を聞いてたくさんの人々か集まり、わいわい言い始めました。

「ロバをあんな風にして、連れて来るなんて」

「まったく、変な親子だなあ」

すると逆さにされたうえに、いきなりガヤガヤしてきたのでロバはビックリ。
大暴れに暴れて・・・・

あっと思った時には、橋から川に落ちて、逆さに縛られたまま死んでしまいました。


「ああ、わしがおろかだった。誰からも気に入られようと、みんなの意見を聞て、大事な売り物のロバをなくしてしまった」


 粉屋は、オイオイ声をあげて泣きました
 

**********************

人は無責任にもの発言するものです。
その結果どうなっても責任をとってくれることはしません。

自分を大切に、自分自身を生きることだ

生命の学校では、“いのちは永遠であると教えられます。


 一皮むけば みな 人間。

 二皮むけば みな いのち。

 三皮向けば みな 魂。 


肉体は魂(いのち)の乗物にすぎず、

肉体が滅びても魂は生き続ける。


輪廻転生を繰り返し、

いろいろと形を変えて生きる続ける・・・・と。



なんのために、人間として生まれてきたのか。

生命はどこから来て、何をして、どこに還るのか

このことを思い出すことを「覚醒」といいます。

 

地上を天国とするために、

自らが「覚醒」し続け、太陽のごとく輝き、

人類皆の覚醒を目指します。


毎晩10時には「人類皆覚醒」「地上天国成就」

を祈り、瞑想を行っております。


意識はエネルギーです。
崇高なエネルギーを持ち寄って、
一緒に地球の未来を創造いたしましょう。




まさか、いきなり花粉症?

閉め切った部屋で洋服を整理したからダストにやられた?

それとも浄化がすすんで好転反応?



熱もないのに悪寒がして、頭や肩が重い

ノドがイガラくて、鼻水がとまらない

くしゃみが多く、歯も痛む


普通だったら風邪を疑うんでしょうに、

なぜだか直感が違う答えを求めてる。



本当に「氣」が遠くなるほど辛くって、

「肉体が辛い」って友達にボヤイたら

しばらくして、どんどん身体が楽になっているのに「氣」がついた。


おそらく友達は、元「氣」気玉をつくって

私の元「氣」を念じてくれたんだと思う

人をおもう愛の「氣」って 
すんごいねぇ ~



愛のエネルギーって、元一つへ引きよせ合う力だと思う。
N極とS極のように・・・。
だから完成したパズルを見たら案外隣り同士だったりするかもね



思うように出来てないような氣して、

無駄に時間を費やしてるような「氣」になっていた。 

もやもやしてるのを感じる。



行動・実践あるのみなのに・・・

相変わらず「思考」がぐるぐるめぐり状態。


こんなこと書くために、ブログを始めたのではないのに・・・

なのに、自分のことばかり書いてる。

なぜ


うふっ

残ねぇ~ん 

この世は必要・必然なことしか起きてませ~ん



(内からの声が)

”あなたは、
  「瞑想と内観がどう違う?」って、問うてたでしょ”

って


確かに・・

瞑想って・・・?

内観ってどうやってやるの?

って問うてました。



「縁」を広げたくて始めたブログだけど、

書くことで、自分と向き合って

自分を掘り下げてるんだと思います。


向き合えてない、逃げてるってのが、
長年の課題だったんです




自分が輝かないとなんにも始まらない!

輝くためには、落とすものを認識せねば!

正当化せず

飾らず

そのまんまを書けばいいんじゃない?

この調子 その調子で 

っていってあげた。


今日の収穫物

それは・・・

30枚くらいの食器いと40着くらいの洋服



燃えるゴミと燃えないゴミ

すごいゴミの排出量。

念願の執着解放だ!



「意外」だったのは・・・

欠けたお皿の量。

汚れがついた洋服の量。

なんと多いこと




「想像どうり」だったのは・・・

時間を要したこと。

全部できなかったこと。

作業が単純に行えなかったこと。



一個ずつ 一枚ずつ 

購入時や使用時の思い出であったり・・

まだこれから使用する可能性であったり・・

だれか使ってくれそうかであったり・・


いろんなことを考えながら、

複雑な作業であった。

思考が伴う・・

やっぱり
o(〃^▽^〃)o



タイムアウトのとき、

充実感はそれほど味わえなかった。

なぜだろう



物事は前進はしたけど、

手が入れられたのは全体の一部だった。

って感じ。



そのまま しまうもの、

洗うためよけるもの、

人にあげるもの、

ゴミにするもの、

手当するもの、

仕分ける

だけ。



うん


ただそれだけ
次回はそうしよう
迷いを手放そう

まっ
今日は複雑を味わったってとこかな