続きです。


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オバ鉄・うさ子〇の気まぐれブログ

ほんとに山の中にある駅。
単線の線路の敷石のところには所々雑草がたくましく生えている。
山肌に沿うように屋根無しのプラットホームが突然出現してくる。
プレハブの小さな待合室の中の
パイプ椅子の上には手作り風の座布団が置いてあった。
もちろん「駅前」なんていう場所さえない。

付近に住んでる人たちは、駅に行くには急で細い坂道を登るしかない。
まるで山登りをしているようだ。駅から県道に下りるまでも同様。
ここの駅ができる以前、地元の人たちは坂を登り、鉄橋を渡って
隣の鎧駅まで移動したそうだ。

鉄橋の下は普通に民家があり、道路を挟んで日本海。
数件の民家の屋根の色は鉄橋とおそろいの「赤銅色」
この日の日本海は凪(なぎ)で穏やかな様相。
私の地元の太平洋とは海の匂いも色も全然違う。

電車で渡っている時は鉄橋の姿はわからない。
しかし、山から下りて地上から眺めると
ますます赤い鉄橋の雄大さに打ちのめされる。
長さ309.4メートル、高さ41.5メートル。
しかもこれは鉄だ。
100年近くもこの姿を保つのは容易なことではないだろう。

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以前は「橋守(はしもり)」という鉄筋工や塗装工の職人達が
命綱無しの命がけの仕事で定期的に橋の面倒を見てきたそうだ。
鉄筋工はハンマー一つで橋によじ登り 橋を叩く音で鉄の様子を診る。
塗装工は鉄錆を手作業で丁寧に落とし、ペンキを塗り重ねる。

塩害から逃れる為に当初はコンクリート製の橋になる予定が
どうして鉄製になったのかは定かではないが、
当時の近代土木建造物の「傑作」だったそうだ。

しかし、昭和61年に回送中の橋からの転落事故もあり、
その後は強風による運転規制が相次ぎ、老朽化も加味して
コンクリート製の新橋へ架け替え工事が着手された。
地元の小学校の校歌にも歌われる「赤い橋」。
地元や建設業界では橋の一部でもいいから保存したいと 
要望が出でいるらしい。

足が悪い私は15分ほどかけて、県道まで下りた。
今日は鉄橋と電車とおそろいの赤いウオーキングシューズを履いてきた。

新橋の架け替え工事が行われる中、

いろいろな方向からこの橋を写真に収めた。ついでに日本海も。


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県道沿いに駐車場とちいさい公園がある。
鉄橋のメモリアル公園のようだ。
小さい展望台も設けられていた。
観光バスが駐車場に2台ほど停まっていた。
展望台に登ると目の前には日本海、
振り返ると下から見上げる形で赤い鉄橋。


上りの電車が来る時間が近づいた。
もう一度デジカメのシャツターを切って、私は駅への坂道を登った。
電車に乗り込むほんの一瞬、急いで赤い電車(帰りはキハ47)もカメラに収めた。
ワンマンカーの運転手さんが笑ってこっちを見てる。
もう一度309メートルの鉄橋を赤い電車で宙を舞うように走る。
帰りは城崎温泉駅からは「特急北近畿」で、
あのいたましい事故があった福知山線へ。

福知山駅でもう一つの目的の「彼女」に乗り込む。
乗り換え時間は一分。
向かいのホームでは「遅いよぉ~」という顔で待っててくれた。

『タンゴエクスプローラー』という、
私鉄の北近畿タンゴ鉄道の美しい特急だ。
シャンパンカラーの車体にリボンのような赤いライン。優しい顔つき。
ダブルデッカーの自由席でも、空を飛んでいる気分になった。

曲線の窓にはすでに夕闇。また、こちらへ来れたら、今度は天橋立経由で兄弟特急の弟クン、
青と白のスタイリッシュなボディがご自慢の『タンゴディスカバリー』にも乗ってみたいな。

三田で降りた。普通電車にあえて乗り換えた。新快速だった。

尼崎の近くの脱線事故現場を通り過ぎる時、目をつぶり手を合わせた。

たくさんの人の人生が終わってしまった。勿論、あの若い運転士さんも・・・


分刻みのタイムスケジュール、私鉄との競合、より早くより遠くへ・・・

田舎の特急並のスピードで走る普通電車に揺られながら、

「みんなの足」であるにはどんな「鉄道」が求められているのか

そんなことを考えた。


それでも、レールの上を走っているのは「人命」なのだ。


考え事も終らないうちに、あっという間に終点の大阪駅。
夕方のラッシュアワーはとっくに過ぎていたのに、
西の大都会の駅は人で溢れている。
地下鉄を乗り継いで地上にでたら 銀杏並木はまだ黄緑色のまま。
さて 大好きなこの街で今夜は何を食べようか。

翌日は東海道線を新幹線のこだま号(「ぷらっとこだま」という企画切符)でのんびりと。
品川で山手線に乗り換え上野に着いたら、
気分はもう帰宅したようだった。


来年は北陸本線と在来線最高のスピードで走る北越急行に乗ってみたいな。

また、旅ができたらいいなー。


                          おわり。


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去年、ネットのコミュニティに書き込みしたものを少し編集して書き込みました。

コミュの皆さんには そこそこ好感触で 読んでいただきました。


写真はもう少し待ってください(苦笑)





この旅で撮った画像もあります。後ほど編集して貼りたいと思ってます。

では 話の続きです。


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翌日、まだ月が残る暗いうちに、近鉄の始発で津駅に戻り、
紀勢本線で亀山駅へ。

この朝の近鉄のワンマンカーは

警笛の変わりに「チンチン」とかわいらしい音のベルを鳴らしてた。
津駅で鉄道記念の日切符(略してごめん)二日目のスタンプを緑の窓口の職員さんに押してもらう。

電車の待ち合わせ時間が20分ほどあったので、

駅前のコンビニで調達したサンドイッチとコーヒーを肌寒い駅のベンチでほおばる。


まだ、6時前なのに車内には結構、人が乗ってる。

部活の朝練に行くいがぐり頭の高校生。

出張なのだろうかスーツを着た若い女性はキャリーバックと一緒。

車内には行商人さんらしい軍団?が乗り合わせて、

名古屋弁とも三重弁かよくわからない土地の言葉で世間話が弾んでいる。


ああ、私、遠くに来たんだなー って、改めて思う。


津駅から一緒に乗り込んだ行商人らしいおばあちゃん。
自分の身体の倍はあろうである風呂敷包みを背負ってる。
亀山駅で関西本線への乗り換えは3分。
階段を上がって降りて向こう側のホームのワンマンカーに乗り換えする。
私の悪い足でも3分で乗り換えが不安だったのに、
大荷物の「ちっちゃいおばあちゃん」は荷物を背中に背負ったまま
‘ちゃっちゃ’ と階段を平気な顔で上り下りしている。

ここからは近畿田園地帯を行く関西本線の旅を堪能できる。
朝がだんだん明けてくる。
2両編成のワンマンカーがエンジン音を高めて霧がかかる鈴鹿山脈を越える。
かつて「加太(かぶと)越え」といわれ、スイッチバックで進んだ難所を
トンネルでひとまたぎ。
朝もやの中、木造の柘植駅で草津線に乗り換え。ここは海抜243メートル。
10分の待ち合わせ時間に駅構内や止まってる電車に
デジカメのシャツターをきる。
京阪神方面に通勤の人たちだろうか、スーツ姿の人たちが乗り込んでくる。
忍者の里を駆け抜ける3両編成のワンマンカーは、
貴生駅であっという間に満員になった。
 
二日間4時起きだったので、さすがに眠かった。
貴生川駅で窓越しに「信楽高原鉄道」の車両をカメラに収めた後の記憶が
無い。(-_-)zzz
草津を過ぎたのも気がつかず、琵琶湖を見そびれてしまった。(苦笑)

目が覚めたのは京都駅、ここで新快速に乗り換える予定であったけど、
終点の大阪までそのまま乗った。(単に眠くて電車を降りる元気が無かった^^)
電車的には大阪で乗っても同じ電車だし。
しかし車内放送で京都で乗り換える予定の岡山行き新快速が
遅れていると言う。
大阪でも駆け足で、向かいのホームに停まっていた満員の「西明石」行き
の快速に飛び乗った。

山陽本線を播磨灘にそって走る。
天気も良くて神戸の海の向こうに遠く淡路島が見える。
西明石で5.6分電車を待った。海風が冷たい。
姫路につく頃は通勤ラッシュの時間帯はとっくに過ぎてた。
姫路駅は大きいターミナル駅。迷子になりそうなのを見越して、
ローカル線の播但線に乗り換えるのに充分な時間を取ってたのに・・・
結局10分以上電車が遅れたので、乗り換えのホームまで走らなくてはなら
なかった。

赤い3両編成の気動車ワンマンカー。
後ろの一両には可愛いイラストがペイントされてる。

(後日 このイラストは「銀の馬車道」のイラストだと判明)
紺色の運転席にはBANTAN103 のロゴ。

以前はSL銀座と呼ばれてた中国山地のなだらかな線路を103系電車は進む。
溝口駅を過ぎたあたりで車上検札があった。
若い車掌さん二人が手際よく乗り越し精算や定期券をチェックしてる。
私の乗り放題きっぷの初日のスタンプを見て、
福島から来ていることに驚いてた。
(そりゃあ、福島から普通電車と快速だけで兵庫県までは来ないよね・(笑)
鶴居駅を越えたら小学校の校庭とプールがフェンス越しに現れた。
ちょうど授業間の休み時間らしく、校庭ではたくさんの児童が居た。
ジャングルジムに上っている低学年らしき子供達は電車に向かって手を
振ってる。
夏の体育の時間には電車を眺めながらプールで泳いでいるんだね、
きっと。

寺前駅からは非電化区間。ここでディーゼル車に乗り換え。
昔ならここはSLが3重連結して山を越えたところらしい。
立派なカメラを肩にかけてる見るからに職業カメラマン風の青年が
停車するたびにシャツターを切ってる。
急勾配の生野トンネルを越えて大きいカーブを過ぎると
山を臨みつつ川沿いにディーゼルカーは進む。
いかにもローカル線といった車窓である。

播但線の終点の和田山駅からローカル線の王様といわれる山陰本線の旅。
レンガ造りの昭和時代の機関庫が保存してある和田山駅からは
ディーゼル特急の「はまかぜ」を使う。

この特急、バスの匂いがするぞ(よく考えたら 当たり前だ)
ボックスシートがいかにも旧国鉄っぽい仕様。天井には扇風機。
車内販売もある(笑)。円山川にそって城崎温泉方面へ進む。

香住という港町で途中下車。
港町なら市場の近くに魚を食べさせる食堂ぐらいあると思った。
(香住はカニの町らしい)
港のほう30分ぐらい歩いたが、なかなか食事どころは見つからない。
駅前まで戻って、喫茶店でランチをとった。

香住駅から普通電車に乗り換えて、
再び山の中の無人駅「餘部」を目指す。
お約束の2両編成のディーゼル車・赤いワンマンカー「キハ41」である。
香住駅の次の鎧駅はホームの向こうが日本海。
ドラマの撮影によく使われる海沿いの駅として有名らしい。
(SMAPの中居クンが出演した『砂の器』もこの辺の海とこの駅が出て
くるらしい)
ここから電車は山登り。
山の中を進む2両編成のディーゼルカーはまるで登山電車のよう。
竹林の切れ目から次々と顔を覗かせる群青色の日本海。

長いトンネルを抜けたら すぐ余部橋梁を渡る。
空(くう)を走っている錯覚になった。
渡り終わると小さな構内踏切。
津から9時間かけて、
餘部駅に着いた時は太陽はすでに西よりに位置していた。

                その3に続く

もちろん、過去に観光や所用のついでで、各地の路線に乗った事はあります。

去年から泊りがけ(2泊3日程度ですが)の「旅」ができる様になったので、

そのときの様子を記したいと思います。

2009年の鉄道の日記念JR全線乗り放題きっぷを使用した時の旅の様子です。


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いつか時間が出来たら会いに行こう、あの赤い橋に。

在宅で義父を看ていた時に、よく旅行雑誌をねだられた。
といっても読むというより、写真を眺める程度だけど。
義父は元気な頃は一眼レフと三脚をかかえて写真を撮りに出かけていた。
義父が眠っているときに ちと拝借して私もその雑誌を読んだ。
ちょうどローカル線の旅の特集で、
雄大な鉄橋とそれを渡る電車の写真が目に留まった。
兵庫県と鳥取県の県境近くの山陰本線の鎧駅と餘部駅間に架かる

「余部橋梁」。
この頃私はまだ特別に「鉄道」が好きなわけでもなかったけれど。(笑)

今年の春監修された鉄道雑誌についてた折込のポスターで
もう一度この鉄の橋を見た。
赤銅色の鉄橋とその上を走る同じ赤い色の電車(ディーゼルカー)
残照に照らされた車体と、ごつい鉄橋の写真に今度は惚れた。(笑)
鉄道雑誌やネットでこの橋を調べているうちに
2010年の秋には新しい橋に架け替えられると知って、
その前に会いに行けたらいいなと思った。



義父の一周忌の法要も済み、諸々のスケジュールをこなして
3日の時間を作った。
運良く3日間の普通電車の乗り放題切符も使える期間だったし。
10月のとある日、日の出前、
私はひとり最寄の駅から始発の各駅停車に乗り込んだ。
いつもは我が愛車(言いすぎ^^)・スーパーひたち(特急)で
2時間15分で行けるところを、常磐線を2回乗り継ぎ4時間かけて
東京を目指す。
地元の海の水平線の上に太陽が昇ってくる。
線路と並んで海沿いを走る国道に少しずつ車の数が増えて来る・・・
特急だと見られない光景が車窓を飾る。
水戸の手前辺りから 通勤通学のラッシュになる。
計画だと、日暮里で京浜東北線に乗り換えるはずだったが、
人身事故ということで京浜東北線の再開は不明らしい、
慌てて一つ前の山手線に飛び乗った。


ここでアクシデント発生。

古い型だけどそれなりに映るからと、夫から譲ってもらった

デジカメを車内の床に落としてしまい(日暮里の手前で)、カメラ本体の電池ケースの「蓋(ふた)」が

閉まらなくなってしまった。

とりあえず、髪の毛を束ねておくヘアゴムでその蓋を押さえた。

東京駅には予定より5分早く着いた。
万が一駅弁が買えない事態に備えて、ペットボトルの水と菓子パンを購入しボストンバックに詰め込んで、

東海道線の普通電車に乗った。

東京は曇り空で、電車が神奈川に入った頃から霧雨が振り出した。
しかし、小田原を過ぎた頃からだんだん晴れてきた。  
都心のビル街、熱海の海、富士山や浜名湖など東海道線の車窓を
ひたすら堪能した。


オバ鉄・うさ子〇の気まぐれブログ ←真鶴駅付近の車窓から太平洋

どうしても電車の中で駅弁を食べたくて、
三島で下車して、静岡の間を新幹線のこだま自由席を使った。
お弁当は三島駅で買った駿河湾で採れた桜海老の散らし寿司。

オバ鉄・うさ子〇の気まぐれブログ  ← 桜海老が香ばしくて、酢飯の加減と具のバランスが最高

浜松で乗り換えた車両はボックスシート。結構揺れた。
座席に番号が付ってあって、シートのヘッドカバーは皮製、
モケット(座席に張ってある布)もビロードだ。
旧国鉄の急行指定席の名残りが見える。
車掌さんは女性。
聞いた話によると新幹線の運転手を含めて、運行現場の女性職員は
JR東海が一番 多いらしい。

名古屋ではずっと逢いたかった友達が待っててくれた。
駅ナカの「コメダ」で小1時間お茶をした。
また又いつか逢うことを約束して、ホームに急いだ。
夕方のラッシュアワーの「快速みえ」は満員。四日市辺りまで、
ドアー近くに立ってた。


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私鉄の伊勢鉄道を経由して

(490円料金追加・車掌さんが一人一人集金します)三重県の津まで。

ここまで総乗車距離635キロ、時間は12時間半。
津市内で4年来のネット友と酒を酌み交わし、
その後知人が経営する津市内の宿に落ち着いた。


         その2に続く