仏教的には、「人生は苦である」ってことが言われます。
四苦八苦ってやつですね。
・生
・老
・病
・死
の四苦に、
・愛別離苦(あいべつりく)- 愛する者と別離すること
・怨憎会苦(おんぞうえく)- 怨み憎んでいる者に会うこと
・求不得苦(ぐふとくく)- 求める物が得られないこと
・五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと
を加えた八苦があると。
でもね、こういう人いません?
50年以上連れ添って、ずっと仲睦まじく暮らしていた夫婦のおじいちゃんの方が亡くなってしまったけれど、
「お父さんはね、いつでもそばにいるから、寂しくないのよ。」
って感じで朗らかに過ごすおばあちゃんとか。
そういう話って、たまに聞きます。
実は
「今、自分に起きていることは苦痛である」ってのは実は本人の感想であり、「起きていることそのものが苦痛である」ってこととは全然違うお話。
・人生は苦痛である と
・人生は思い通りにならないものである
ってのでは、別の話しであり、今、いろんな問題で苦痛を抱えてらっしゃる方もたくさんいらっしゃるでしょうが、その状況自体が苦しみなわけではない。
逆に考えてみれば、
・家族と過ごす時間が増えた
・家族と話す時間が増えた
・人の有り難みがわかった
・これまで不必要なことをたくさんしていたことに気づいた
・当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないことに気づいた
・スーパーやコンビニが24時間開いていて、いつでも欲しいものが買えることの素敵さがわかった
・会いたい人に会えて、抱きしめられることがどれだけ素晴らしいことかわかった
っていうような気づきを得る人もたくさんいるはず。
人生は苦痛であるわけではなく、思い通りにならないことがたくさん起きるものではありますが、それをどう受け止めて処理していくかは、自分の問題。
晴れは晴れで受け止めて、雨は雨で受け止める。
雪は雪で受け止めて、風は風で受け止める。
風は風でしかないですから。
悲しみと同様に
だからこそ得られるものも
きっとあるはず。
私はそう思っています。
なぜなら
泣きながら生まれてきたのですから。