楽天blog(引用)

2016年8月12日

「障害のある人(※1)もない人(※2)も云々・・・」 という表現をよく見聞きします。

※1=法律:障害者基本法で「生活に生きづらさ」を抱える当事者。

病気に罹ることや事故に遭う事で、1人ではできないことも多い。

※2=健常者=障害者と認定されていない人々。


極論になってしまうかもしれないが、僕の考えは↓の{}内のとおりです。

{この世に障害のない人なんていない=健常者なんていない}。

え? どういうこと?? 私は障害者じゃないよ??? って感じる人々も多いでしょうね。

僕はこう思うんです。

この世には、↓の(1)~(4)など、たくさんの「障害と呼ばれるもの」があります。

(1)身体障害

(2)知的障害

(3)精神障害

(4)病気やその他の原因により発症した障害。


じゃあ、それ以外の人は「健常者」なのでしょうか。
目の見えづらい状態の人々=近視や遠視、老眼はどうですか?

メガネがないと不便でしょ?

手の骨が折れ、ギブスとかしたら、しばらくは片手での生活を余儀なくされます。

足を骨折したら、杖や車椅子を使うこともあるでしょうね。

風邪をひいたらどうですか?

体も思うように動かせないでしょうし、2~3日は寝ていなくてはならないこともあるはず。

また、歳をとるにつれ、当然、目のどのくらい見えるか?=視力や耳のどのくらい聞こえるか?=聴力、筋力等々が衰えてきますから、いろいろ不便なことも出てきます。

じゃあ産まれたばかりの赤ちゃんはどうでしょう。

自分では飲食できないし、排泄の世話もしてもらいますよね。

もっと極論を言うと、もし仮に、僕が突然アメリカへ瞬間移動させられたら、とたんにコミュニケーション障害に陥ってしまいます。

だって僕、英語が話せませんから。

そんなふうに、↓の(1)と(2)と捉え、それをベースに考えていけば、自ずと 「誰でも暮らしやすい」 に近づいていくのではないかと思うのですが、どうでしょう。

(1){障害のない人はいない。経験しない人もいない=100パーセント健常な人はいない}。

(2){人は誰でも、国籍や性別、年齢等に関わらず、何かしらの生きづらさと、ともに生きている}。

最後にひと言だけ・・「障害のある人たちのために・・」 と考えているうちは、ことは進みませんよ。
だって、何よりも 「自分を排除」 してしまっているのですから。