
体調の良い日は必ず
ばあちゃんとこにいく
ばあちゃん喜ぶ😆
ばあちゃんが45歳のときにわたしが生まれた
母も45歳でばあちゃんになった
わたしは、51歳でばあちゃんになった
ばあちゃんは、わたしに
「じいさんと結婚生活は3年しかなかった。まだまだはなしたかった。」
「じいさんが戦争行っとっても生きているからまだよかけど、戦死したって聞いたら悲しかったね〜でも骨はないと。石ばい 石だけなんて」
と、このごろは気持ちが弱りなみだもろいばあちゃん
強気で通っていたばあちゃんが・・・
年も年だしね
開拓移民だったじいちゃんの家族がアメリカにいた
もちろん日本人だけど
食事のせいか?
アメリカサイズ
言葉もなんなら英語と
日本の時代劇を見て覚えた日本語だから
「ちょいとごめんよ」
とか
「食いねぇ~」
など
🤣🤣🤣🤣
しかも
「今のお奉行様は誰?」
とか😂😂😂😂
いや、お奉行様はいないから〜ずいぶん昔から
おもしろいからか?
変な関西弁も聞いた
ばあちゃんは7.8回
アメリカに行った
じいちゃんが戦死したから
アメリカばあちゃんが
「あなたも、こちらに(アメリカ)住みなさい」
と、強く勧められたらしい
でも「まだ、やることがある(はず)だと日本に帰った」と言う
座るのが楽になった
理学療法士さんって素晴らしいね〜✌️
ばあちゃん、帰宅が近いかな?
自由に歩きたいよ~
と、言うばあちゃん
はい、自由は自分の部屋の自分のベッドの周りだけね〜
多分移動は車椅子になるかな?もう骨折はこりごりだもんね



