時間の話の続き

 

 前回、時間を機織りの糸に例えて、縦糸と横糸の交差した瞬間が

”今”であり。

 

 縦糸と横糸が編み上げられた状態になったものは、

”過去”となり。

 

 まだ、横糸と交差する前の自由な状態の縦糸が、

”未来”である。

 

 前は過去は改変不可能で、未来は完全な未定であると

考えていたが、

 しかし、死神(死ぬ少し前に現れる現象等)があるのも、事

実であるので、私の仮説は何処か間違いがあることになる。

 

 時間を機織りの糸に例えて、縦糸と横糸の交差するイメージだけでは、何かが足りないと考えた。それらが満足する状態は何か。

 

 それは、”神の手”の要素の追加である。

 

 通常の機織りは、上縦糸と下縦糸の間に横糸がすっと差し込まれて織り込まれるので、織られる前の上下の縦糸は真っすぐ伸ばされているが、

 

 ”神の手”により、機織り前の、上下縦糸は揺れ動された場合、

大きく歪まされてループを作り。

 

 又、機織り後の、上下縦糸と横糸も常時、きりっと織り込まれるのではなく、

 ”神の手”により、縦糸と横糸もゆるく織られた布から、離れた所まで引き出され、漂っている状態ならば、

 

 織られる前の”未来の縦糸”が織られた後の”過去の縦糸や横糸”と接近接触現象が起こりえると考える。

 

 そうであれば、未来を微かに見ることが可能であり、

 未来も過去も揺れ戻しが有るかもしれないが、多少変更できるかもしれない。”神の手”次第であるが。

 

以上時間を、次元展開して、単純化した状態の空想であり、

現実は何重にも、圧縮された世界なので、

想像できない程、複雑なのですみませんが。

 

本当の所、私にはこれくらいしか思いつきません。

 

 さらにもう一つ、素粒子の記録について、一般の方は、物に

心や記録はないのでナンセンスと考えるのが普通です。

 それらの人はこの世界は10次元や12次元等の学説は信じるのだろうか。?

 

 我々は、3次元の住民なので、3次元以外の次元は認識できません。時間を測る時計も3次元の物質の変化を見ているだけである。

仮定と計算が可能だとしても、実証手段は3次元です。

 

 昔の「こちゅうの天」の話は、仙人の持つ壺の中にもう一つの

広い世界がある話だが、錯覚や、夢物語としてではなく。

 

 この世界が、そういった入れ子構造だと考えると、電子の中に

大きな宇宙が存在したり、我々の世界の外側が1個の電子で

その電子が1つの宇宙の中にあると考えると楽しくなりませんか。

 

とりあえず、時間の話は終わりにします。

これまで、私の空想を読んでくれた方、有難うございます。

 

 つぎは、「世界最終戦争」石原莞爾著の読書感想です。

 

 石原将軍は先見の明を持っていたのは明らかですが。

満州建国以外に先の大戦で活躍できなかった。確かに健康上の

問題もあったが、私は軍事の素人として失敗の原因を考える。

 戦力とは、戦略とは、何かを展開していきます。

 

 参考文献

 ドイツ参謀本部 渡辺昇一著