修学旅行に息子が沖縄に行ってきた。
私の時は九州だったかな?
遠い昔の話でどうやって行ったのか思いだせない部分がかなりある。
覚えているのは阿蘇の外輪山くらいだ
その時添乗員っていつもいろいろな所に行けていいなと単純に思い
将来、添乗員という仕事につくのもいいかも!などと思ったこともある。
仕事となればそんな単純なものではないのだけれど
まだ、若かったせいかな?
結局修学旅行の余韻が薄れるとともに、添乗員への憧れも薄れてしまったけれど。
小学校の時は江ノ島・鎌倉そして始めて東京に行った。
江ノ島には確か歩いて渡ったような記憶があるがいろいろな記憶が混在して
不確かなものになってしまっている。
本当に忘れてしまうものだなと改めて感心してしまう。
バスに乗った?電車?新幹線?いや全く覚えていない
飛行機じゃないことだけは確かなんだが、こんなにも忘れてしまうのは
歳のせいだけでは無いような気もするが。
就職して10年間ほど江ノ島の近くに住んでいたけれど何故か
江ノ島には一度も行かなかった、行こうとも思わなかった
特別嫌な思い出があったわけでもないのに。
今になって考えてみるとどうして行かなかったのか不思議だな
と思う、住み込みの小さな修理工場に男ばかり三人。
誰も車など持ってなくて、休みの日は油だらけの作業着の洗濯
わずかな楽しみはトンカツをたべながら酒を酌み交わしレコード
を聞くことだけだった。
部屋にはテレビもなく、気難しい社長と煩い奥さん
今考えると奴隷のような扱いを受けていた。
それでも何故か身げ出そうとは思わなかった
あの頃一緒に働いていた彼らは今どうしているだろうか?
皆、生まれ故郷に帰ったはずだが元気かな?
三人で行った蔵王が修学旅行の思い出と重なってしまう。