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 おや、お若いの、そんなところに突っ立ってないで、そばへ来てお座りよ。

 

 そんな薄いコートじゃ凍えるだろう。寒い冬の夜には焚き火がいちばん。あったかいよ。

 

 あれ、そっち側がいいのかい? べつに捕って食ったりせんよ。ワシももうトシだでな。アハハ。

 

 そっちは煙いだろう? え? 風下の方が暖かそうだって? なんだい、焚き火をしたこともないのかい? 風向きは関係ないよ。

 

 ほら、こっちに座って、マスクなんか取ってさ。並んでいりゃコロナも心配ない。第一、マスクの不織布はプラスチックなんだから、炎で溶けたら大変だよ。

 

 火の暖かさってのは暖気じゃないのさ。あーいや、暖気だけじゃないのさ。赤外線だか遠赤だか、とにかく波動なんだってよ。ほら、お日様は真空の宇宙の向こう側にあるのに、あったかいだろ?

 

 さあ、淹れたてのコーヒーをあげよう。さっき薪をくべる前に炭火で沸かしたお湯で淹れたから、うまいぞぉ。

 

 なに? 紅茶の方がいい? んーそいじゃまぁ、今度は紅茶も用意しておこうかね。

 

 焚き火ってのは、見ているだけで心が和むよな。蝋燭の炎でも良いけどさ。

 

 一緒に囲む仲間がいれば話も弾む。自然と饒舌になるんだよね。夜のシジマの何とジョーゼツなことでしょう、ってか。ハハ。

 

 あれ? 城達也のジェットストリームは知らない? はぁ。世代間ギャップかねぇ。

 

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 んで、どうしたんだい、浮かない顔をして。

 

 おお、そりゃ顔を見れば分かるさ。唇の端っこが下がってる。元気なら口角が持ち上がって、それだけで明るい顔になるもんさ。

 

 女の人なら、化粧なんかしなくても、唇の端をもち上げてニッコリするだけで美人に見えるよ。ほら、やってごらん。

 

 そうか、無理かぁ。ま、なにも今ここで美人に化ける必要はないさな。いやいや、素から美人さんだよアンタは。ワッハッハ。

 

 ……それで?

 

 ・・・・・・ふむふむ。うむうむ。

 

 そうか。それは辛いなぁ。さぞかししんどい毎日なんだろうなぁ。

 

 えーと、きょうだいなんかはいないの?

 

 ああ、妹さんも、弟さんも嫁さんも、手伝ってくれないんだな。どうせ何のかんのと言い訳をするんだろう?

 

 うんうん。そうするとその歳で、って女の人に歳を尋ねるわけにゃいかないが、その若さで難病のお母さんをたった一人で看ているんだな。大変だよなぁ。

 

 うーん、例えばヘルパーさんとかに手伝ってもらうわけにはいかないの?

 

 ああ、お母さんが嫌がるんだね。そうそう、家に他人を入れたくないって、そういう人はいるよね。ワシのばあさんなんか……まあいいや。

 

 そうか、あんたもたまには息抜きしたり、気分転換ができると、いいよねぇ。

 

 いやいや、それはワガママなんかじゃないと思うよ。誰かに手伝ってもらう権利が、あんたにはあるよ。今までそれだけ頑張ってきたんだから。

 

 んー、レスパイトケアって言葉を聞いたことがないかい?

 

 おい、いまスマホを引っ張り出さなくてもいいだろ? あとで調べてごらんよ。

 

 ん? そうか、仕事も辞めなくちゃならなくて。うん、自分の将来のことも心配だよなぁ。

 

 お金のことはよく分からんけど、介護が必要な難病ってことなら、もしかしたら公のゼニがもらえたりするんじゃない? 遠慮しないで役場とか…保健所とか…福祉事務所とか…、どっかに相談してみたらどうかね?

 

 むむ? お母さんが財産を持っているって? たぶん財産とかは関係ないと思うけど、ダメ元と思って相談だけでもしてごらんよ。

 

 おっと、火が弱まってきた。あんたの脇に薪があるだろ? くべておくれ。

 

 おい、放り込むんじゃないよぉ。ほんと、焚き火をしたことないんだな。

 

 そーっと横から置いて、この枝ッ切れで一番熱そうなところに寄せて。そうそう。だんだん上に向かって燃えていくからな。うん、それでいい。

 

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 ほう、それで、先々そのお母さんの財産の行き先が気になるか。

 

 ぜんぜん面倒なんか看ていなかったくせに、親が亡くなった途端に現れるきょうだいとか、いるって話だよなぁ。

 

 えー? 全部あんたがもらいたいって、そりゃあちょっとがめつすぎない?

 

 弟さんや妹さんと喧嘩になっちゃうよ。弟さんの嫁さんなんか、きっと目を三角にして噛みついてくるんじゃないか?

 

 でもうん、まあ、その気持ちは良く分かるよ。なんたって、ずーっと一人で看つづけているんだもんなぁ。偉いよなぁ。

 

 えっと、例えばさ、お母さんによくよく話しておいて、遺言でちょっと色を付けてもらうってのなら、あるかもしれないね。

 

 うーん。でもね。

 

 もらえるはずだ、もらう権利があるはずだ、って決め込んじゃってるとね、実際もらえたらいいけれど、何かの拍子にもらえなかったら、ものすごくがっかりすることになるんじゃない?

 

 お、そこまで期待はしていないんだね。それは賢いことだと思うよ。

 

 そうだなぁ、こんなに頑張って、辛い思いをしているのに、きょうだいも他の身内も、だあれも認めてくれない、っていうのは、悔しいよね。情けないよなぁ。

 

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 うん、そういう時にはさ、誰かを、例えば神さまとか仏さまとか、天国のご先祖様とか、誰でもいいんだけど、そういう存在を思い描いてみるといいよ。

 

 その存在が、しっかりあんたを見ていてくれる、見守ってくれている、って思えれば、ちょっと気が楽になるんじゃないかね? ワシはそう思うんだよ。

 

 そう、いざっていうときには、きっとそういう存在が助けてくれる。だから今は頑張ろうって、思えるといいね。

 

 べつに信心なんてほどのもんじゃない。洗礼も出家も墓参りも、そんなカタチはどうでもいいんだよ。

 

 辛くて、自信がなくて、周りに誰も助けてくれる人がいない時なんか、そういうふうに思えれば、切り抜けられるんじゃないかと、ワシは思うんだよ。

 

 そうか。この世に神も仏もないって思うか。そういうこともあるさな。

 

 ま、そんなときには、またこの焚き火のところへおいで。せめてワシが話くらいは聴いて、頑張ってるアンタさんをたっぷり褒めて進ぜよう。

 

 なんの役にも立たんかもしれんが、人畜無害な赤の他人のこのワシになら、何でも話せるじゃろう?

 

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 いやぁ、宗教の勧誘をしたわけじゃない。お説教のつもりでもなかった。迷惑だったらゴメンな。年寄りの独り言だとでも思ってくれい。

 

 そう、焚き火のせいだよ。しゃべりすぎちまった。

 

 なんでこんな話をしちゃったんだろう?

 

 ああ、そうそう、あれは確か30年くらい前だったか……。お、どこへ行く? まだコーヒーが残ってるぞ。

 

 おしゃべりをするときは、二人なら会話は半々に、三人なら三分の一ずつで、ってお母さんに教わらなかったのかい?

 

 ううぅ……まぁ、いつまでも長話につきあわせるのも悪いな。

 

 気が向いたらまたおいで。今度は紅茶を用意しておくからね。

 

 アールグレイだぁ? 我が儘なヤツめ。フフフッ。







 

Acknowledgments:
   It's all sincere thanks to my friends, N.K, Y.K & H.K.
   And, special thanks to my mother's beliefs.