「おい、おとうさんがアイスとコーヒーを持ってきてくれたぞ。」

 

「うわぁ、おとうさん、ありがとうございます!」

 

「午前中は暑かったから、淹れたてのコーヒーをわざわざ冷やして、あとちょうどアイスがあったからコーヒーフロートでも、って思ったんだけど、曇って風が出て寒くなっちゃったね。」

 

「いや~、こんな眺めが良い屋上でアイスなんて最高っす。あれ、これ旨いっすね、ハーゲンダッツですか?」

 

「僕は子供のころからレディボーデンを食べてて、ハーゲンダッツより好きなんだよ。でもラクトアイスじゃなくて本物のアイスクリームだからね、コーヒーと合うでしょ。」

 

 

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中野の実家の屋根の上で、3人の若い職人さんたちとこんな会話を交わす、3週間ほど前のことだった。

 

知人の知人の知人に誘われて、鬱蒼(うっそう)とした鎮守の森のような庭のあるお宅へ、庭掃除のボランティア活動に体験参加する形でお邪魔した。

 

そこで落ち葉掃きだの枯れ枝の剪定だの堪能させていただいた後、門の外で道具を自転車に積んでいたところへ、ひょっこりと顔を出した作業員風の若い男がいた。

 

「あのぉ、こちらの家の方ですか?」

 

「いや、違いますけど。」

 

「じゃあ職人さん?」

 

「あはは。そう見えるかもしれないけど、ただ庭遊びをさせてもらいに来ただけだから。こちらのご主人は奥におられるよ。」

 

後で話を聞いたところ、彼は建設会社の社員で、近くの住宅建設現場の車両が近隣に駐車することを断りに来たのと、自社で開発中の洗剤のテストを依頼しに来たのだという。

 

「ここは敷地内で洗剤とか使いたくないって、断られました。」

 

「どういう洗剤なの?」

 

「外壁とか玄関タイルとか、いろいろです。強さとか成分とか、自然由来のもありますし、3種類ほど試させてもらいたいんです。」

 

「ああ、それでモニターを頼んで回ってるんだね。」

 

「自分、現場監督を任されたばかりの職人なんですけど、こういう営業みたいなことは初めてで、今まで全部断られているんです。」

 

「まあ、飛び込みの営業なんて、だいたい断る人が多いだろうね、特に東京は。でもさ、君はコミュ力が高そうだね。営業とかも上手にできそうじゃない。」

 

「ほんとっすか? まあ、人と話すのは好きな方ですけど。」

 

「うん。そう思うな。それにその若さで現場監督なんて、職人としても腕がいいんだろうね。何が専門の会社?」

 

「リフォームや外装・外構全般です。」と言ってネームプレートを見せる。

 

社名は聞いたことがないから大手ではなさそうだが、ふむ、ちょうど渡りに船かもしれない。

 

「あのさ、うちは2駅先にあるんだけど、持ち主のお袋が文句さえ言わなければ、洗剤のテストをやってみてもいいよ。」

 

「ほんとっすか! ありがとうございます! おとうさん、良い人ですね。」

 

「数年前にオヤジが死ぬまでは、10年に1度くらいは外壁や屋根の塗装をやっていたようなんだけど、最近は放置してるし、玄関なんて汚れ放題なんだよ。」

 

「それ最高です。ぜひやらせてください!」

 

 

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そんなわけで、洗剤のテストという名目で玄関タイルの掃除を彼の会社にしてもらったわけだが、それよりも大きな収穫があった。

 

この拾いもの(向こうから声をかけてきたのだが)の職人さん「K君」とは、合計して2時間ほどは話をした。

 

祖父が伝統的な大工さんだったこと、自分は高卒だが大卒の奥さんと3歳の子供がいること、ゆくゆくは独立したいと思って奥さんに経理や会計の勉強をしてもらっていること、30を超えたばかりで最年少の現場監督に抜擢されたこと、などなどを聞き出して昵懇(じっこん)になった。

 

 

そして何よりも、話をするうちに彼の為人(ひととなり)が分かり、職人として確かな目を持っていて、必要なことと必ずしもやらなくてもよいことを正直に語ることや、相手側の希望や経済的事情などにも配慮したアドバイスができることに、感心するとともに「気に入った」。

 

 

そこでさらに、実家の外壁や屋根の状態を実際に見てもらって、色々とアドバイスをもらった上で良く相談し、屋根の防水塗装を依頼したのだ。

 

 

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「ところでさ、君は僕のことを"おとうさん"って呼ぶでしょ。いや僕はね、何て呼ばれても気にしない人間だから、おじさんでもとっつぁんでも、意味さえ通じれば返事をするよ。だけどね、世の中には色んな人がいるから、ちょっと呼びかけ方は考えたほうがいいかもね。」

 

「あ、確かに。この前お客さんを"おかあさん"って呼んだら、"私はあなたのお母さんじゃないわ"って怒られました。」

 

「でしょ。僕のお祖母ちゃんは病院とかで"おばあちゃん"って呼ばれるのが大嫌いだったよ。」

 

「名前で呼ぶようにします。でも名前が分からないとき時は、なんて呼べば良いですかね?」

 

「無難なところでは、女性なら"奥さん"、男性なら"ご主人"か"旦那さん"で良いんじゃないかな。」

 

 

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人に対する呼びかけは、けっこう難しい。

 

30代半ば頃だったろうか、職場の同僚とこんな会話をした。

 

「この前、知らない子供に"おじさん"って呼ばれてさ、すげぇショックだった。もうそんな歳かなぁ。」

 

「ああ、まあそうだね。だけど僕は、自分の子供の友達なんかから"おじさん"呼ばわりされるのに慣れてるから、もはや気にならないよ。」

 

「そっか~、俺は独身だからなぁ。」

 

 

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余談だが、私は自分の子供と一緒に、その学校友達などを連れて出かけることがあると、その子たちにも何となく我が子に準じた「地位」を与えてしまっていた。

 

簡単に言えば、その子たちは目をかけている、気にかけている相手になるわけで、それを「外息子」とか「外娘」と呼んでいた。

 

近頃ではそれがさらに広がり、「外弟」とか「外かあちゃん」とかいったラベルがついた人々が、各所にいたりする。

 

 

さらに余談だが、あるとき私がこの「外娘」「外息子」という考え方のことを、台湾人で母の友人、かつ私の英語の先生でもあった人に話したことがある。

 

すると、中華圏ではそうした関係がごく普通にあって、「乾女児」「乾児子」と呼ぶのだと教えられた。

「乾」という字を広辞苑や中国語辞典で調べると、乾いているところから転じて「形の上だけの」とか「義理の」とかいう意味があるようだ。義理の親子(姻族)などでも使うらしい。

台湾や中国でそうした関係が普通にあるのはどうしてなのか、という私の質問に、その「外かあちゃん」は答えた。


「日本のもともとの文化では、食事は一人分ずつお膳で用意されるでしょう。だから急に客が来ても、そうそう簡単には用意できない。でも中華料理は大皿だから、取り皿を1枚用意すれば済むわけ。それで、近所の子やたまたま居合わせた人にも食事を振る舞って、我が子同然に可愛がる、という生活習慣に基づいた文化、民族性があるのよ。」

 

 

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他人に「おじさん」「おとうさん」と呼ばれた時、呼ばれた側の受け止め方は様々で、場合によってはそれがNGになってしまう。

 

ちょうど、最近いくつもの種類が雨後の筍のごとくラインナップされている「ハラスメント」と同じように。

 

私とて、全然知らない人とか、それほど親しいわけでもない人から「おとうさん」と呼ばれたら、全く違和感がないわけではない。

 

それでK君には、先述のような「アドバイス」をしたわけだ。

 

しかし、他にも色々と「アドバイス」をしているうちに、この利発で腕利き職人のK君に対しては、我が子と同じような気分になってきて、逆に今更だが「おとうさん」と呼んでほしいかも、と思ってしまう私だった。

 

 

実家の屋根の防水塗装をしてくれた職人さんたちは、K君よりもさらに若くて、我が子たちと同じかそれよりも若いくらいだった。

 

「ほら、その塗料の一斗缶、かついで梯子を登るのはさすがに無理だろ? ロープを用意しといたから使いなよ。」

 

「まだ春だからって油断しないで、水分をたくさん摂ってね。水を買ってきといたし、トイレは下のを自由に使っていいから。」

 

「今日は陽射しが強いよ。夏じゃなくても手拭いくらい被りなよ。」

 

 

ここまでくると、子供のやることにいちいち口を出す、煩(うるさ)い父親。

 

「おとうさん」で良いよ、外息子たち!