こんばんは照れグリーンハート


帰りの電車乗換えで歩いていた時

ふと、思ったんだ。


風の時代。

どんな時代なのだろう?と考えていたけど

コロナで必要な物と、必要でない物が

はっきりと分かれたり。


ついこないだ(だいぶ前か)ミニマリスト

が流行っていたけど、その時々に必要な物

だけを携えて歩いていく時代。

そんな感じなのかなくるくる!?


風の時代は、皆で手をつないでいっせいに

進むようなものではなく、一匹の鳥が

それぞれに飛び立つような個の時代だ

なんて言うけれど



確かに、これまでは自分自身の意見を

導き出しては新たな情報が入れば

また見直し、また意見(その時の結論)

を何度となく一から構築し直すような

自分だけの地味な作業を繰り返して

その時々の自分としての納得のいく

意見を大切にし、積み重ねてきた私

だから


周りの意見に同調して、それが広まって

それが正しいようになって、いつの間にか

周知の事実のように諦めたりするあの感じ

嫌いだったよねー

みんなと違う意見を表しても違和感を

与えたり、確かに生きづらさを感じて

きた感じするよねータラー


私はこう思うけれど、あなたは違うことを

思ってそれをお互いに伝えあって、

違っていても、お互いがお互いらしければ

いいんじゃない!?なんて思う私は、

時に変わってるだとか、自分を持っている

よねと評価されることもあったけれど。


一人の一人の意見が違うことがよしと

されない時にはやっぱり謎や理不尽さを

感じることが多く、いつの間にか皆に

同調されそうな事だけを表現するように

気をつけ、生きやすい道を探すために

自分の考えや意見を飲み込んでしまい

がちだったのかなともぐもぐもやもや



風の時代ではどう作用するのだろうか。

自由に表してもいい時がくるんだろうか?



とはいえ、

これまで良しとされてきたあれこれ

これまで当たり前だとされてきた物事

切り替えるその時には誰だって抵抗感が

あるはず。私もそうだ。


既に、自分の中に大きな変化を受け取る

切り替えが起こり始めているのを感じる。


そうすべきだから、そうする。

みんなが必要とするから、そうする。

みんなが求めるから口にする言葉。

そして、行動。


それに違和感を感じて、年末年始で一つ

求められていることに何だかどうしようも

なくあらがう行動をとった。


違うと思っていたのに、やり続けてきた

あることだ。


ある人の、「やれないこと・無理な事は

しなければ良い」という言葉を頼りに。


やめてみたら、すごく自分自身が楽だ‼︎

と感じた。同時に、相手の要望を優先する

のではなく、自分自身の気持ちを大切に

してしまった罪悪感だショボーン


楽なのに、どこか、

それはそれで苦しさがある。

私の中の切り替えが起こした苦しさ。


これでいい、と思いながら

これで良かったのか?という

自問自答の苦しみだ。


申し訳ないとか、可哀想だったかな

とかそういう苦しみ。



それでいいんだよ!

そのまま、本来の私で突き進め!!

と、誰かに言って欲しいくらい星 


・・・誰も言ってはくれないだろう。

時代の変化はいつの間にかやってきて

慣れ親しむには時間が必要だろうニコあしあと

私自身も、この時代に生きる人達

みんなも。

新たに訪れた風の時代が、

私に教えて欲しいちょうちょ

というより、

人々の気づきからごく自然に変わっていく

ものなのだろう。

どんな風が吹き

どんな人が羽を広げ

飛び立っていくのだろうウインクふんわりウイング