◆大人になってから改めて読むと全く大したことはないのだが(大人になってから読むと犯人はすぐわかってしまう)、子供時代に読んだ時には劇的に面白かったミステリというものがある。自分にとっては『乱歩/三角館の恐怖』がそれ。小学2年生の冬に読んだ『乱歩/三角館の恐怖』は、当時の自分にとって桁外れに面白かった。小学2年当時の自分にとっては本当に本当に面白かった。それまで読んだ他のミステリとはとにかく次元が違っていた。小学2年生なので当然「ジュニア版」で読んだわけだが、『乱歩/三角館』のジュニア版って当時は講談社からしか出ていなかった(注・後にポプラ社からも出た)。『蜘蛛男』『一寸法師』『幽鬼の塔』『幽霊塔』『人間豹』『三角館の恐怖』が収められた講談社6巻本のシリ-ズ。ちなみにこの講談社6巻本シリ-ズは、ジュニア版であるにもかかわらず表紙や挿絵がとてつもなく凄まじいものであり、ポプラ社から出ていた「全く健全な」子供版乱歩シリ-ズとは全く違ったタイプのもの。だって、全6巻が揃ってこんな感じなんですよ。こんなの、よく子供向けの本として出版出来たと思う。TVドラマとかもそうだが、やはり当時はおおらかな時代だったんだろう。

 

 

自分が小学2年の冬のこと。岩手県に住んでる叔父が結構重い病気で入院。というわけで、家族で岩手県までお見舞いに行った。ちなみにこちらは千葉県在住である。今なら岩手県なんて東京駅か上野駅から東北新幹線で「ひょひょい」と簡単に行けちゃう場所だが、当時は東北新幹線なんて無かった時代なので、東北線の急行とか特急を使う事になる。しかしこれだと片道8時間くらいかかる。もう行き帰りだけで一日がかり。さて、当時の自分は小学2年生だったわけだが、両親の故郷たる岩手県には従兄弟が大勢おり、既に20歳を過ぎた従姉妹もいた。この大人の従姉妹はこちらが本好きである事を知っていたので、千葉県からはるばる出向いた自分に「何か本を買ってあげる」と大きな本屋さんに連れて行ってくれた。そのとき自分がリクエストしたのが、先のシリ-ズの中のこれだった。

 

 

その日の夜は、その叔父さんの家に泊まる。親戚の多くがこの家に集まったため、久々再会した大人達は、夜は料理+酒でわいわい盛り上がっていた。そんな中、自分は独りで炬燵の中に潜り込み、先程買ってもらった『乱歩/三角館の恐怖』を読み始めた。そして当時小学2年生だった自分は、そのとてつもない面白さに一気読み!『怪人二十面相』や『青銅の魔人』を始めとするポプラ社から出ていた多くの子供向け乱歩作品は既に読み上げていたが、それらとは全く別次元の面白さだった。「なんて凄い作品なんだ!これぞ乱歩の最高傑作!」と、まだ『乱歩/孤島の鬼』を未読だった当時の自分は興奮状態で確信した。この小学2年時の「炬燵の中での『三角館』一気読み」は今でも鮮明に記憶に残っているのだから、相当強烈な印象だったのだろう。「炬燵の中で」というのが、また良かったんだと思う。

ただ、後からわかった事だが、実は『三角館』って乱歩のオリジナルではない。乱歩お気に入りの海外ミステリ『ロジャ-・スカ-レット/エンジェル家の殺人』の翻案なのである。他にも乱歩作品にはこういうものが幾つかあり、『白髪鬼』『幽霊塔』『幽鬼の塔』『緑衣の鬼』がそれ。なるほど、これら(注・『白髪鬼』は除く)はジュニア版で読んだ時から「なんか他の乱歩作品とはテイストが違うな‥‥」と違和感を覚えていたが、そのせいか。

かなり後になってからだが、その『スカ-レット/エンジェル家の殺人』が創元推理文庫から出たので読んでみた。そして驚いた。これは「翻案」どころの話ではない。あの『三角館』って、ただ単に『エンジェル家』を「翻訳」しただけじゃんか。まあ、多少の違いはあれど、これでは殆ど「ただ単に翻訳しただけ」に近い。例えば『緑衣の鬼』は、あの『フィルポッツ/赤毛のレドメイン』の翻案だが、これなら「翻案」と称しても構わないと思う。オリジナルをベ-スに乱歩独特の「味付け」があれこれ為されている。しかし『三角館』と『エンジェル家』は「ほぼ、そのまま」といったレベル。よって「『三角館』を江戸川乱歩名義で発表するとは、乱歩先生、かなりずるいんでないかい?」と思った。この辺りの事は数年前にも過去ブログでも書いた。

 

 

東京築地にある三角館という奇妙な洋館が舞台。そこには富豪である当主の蛭峰兄弟とその子供達が長年住んでいるのだが、この蛭峰兄弟、父の遺言により「長生き」を競い合っている。その遺言とは「長く生きた方に遺産の全てを譲る」という内容。ここから蛭峰兄弟の対立が始まった。蛭峰弟は自分の方が少しでも長生きしようとし、若い頃から恐ろしいまでに健康面に気を遣い、煙草や酒もやらず、室内の温度までにもいちいち神経質になる。それに対して蛭峰兄の方はそんな事はまるで気に掛けず、酒は飲むし煙草も吸うし、スキ-を始めとするスポ-ツなどもバリバリやる‥‥という生活ぶり。こうして二人は高齢になったのだが、今では蛭峰兄の方は重い病にかかり、どうやら先が長くない‥‥という状況になってしまった。蛭峰兄は、このままでは自分の子供達が一文無しになってしまうので、自分の病を隠した上で、弟に相談を持ち掛けよう‥‥と目論む。何しろ「富豪の」蛭峰一家なので、その子供達は全く働く意欲なんて無く、いい歳した大人なのに未だに無職同然。親としては心配になりますな。蛭峰兄は「もしどちらかが先に死んだ場合、その側の子供達は財産が一切もらえなくなってしまう。これはあまりにマズいのではないか?そこで我々兄弟も諍いはやめて父のあんな遺言は破棄し、改めて全財産をお互いで折半するというのはどうか?」という話を弟に提案する事とし、専門家の森川弁護士を三角館に招く。森川弁護士立会いの下、兄弟二人の話し合い。先が長くない蛭峰兄は一刻も早く財産折半を決定したいのだが、兄の体調がすぐれない事を薄々察した蛭峰弟は「少し考えさせてくれ」と決定を引き延ばそうとする。

そんな中、なんと蛭峰弟が三角館にて何者かに殺害されてしまう。つまり一転して立場が逆転し、全財産が蛭峰兄の方にいく形になってしまったわけだ。蛭峰弟の側の子供達は焦る。このままでは自分達が一文無しになってしまうではないか‥‥‥と。しかし蛭峰兄は当初の自分の提案通り全財産を折半し、きちんと蛭峰弟の子供達も財産が受け取れるようにしようとする。立派な人ですねぇ(笑)。

ところがなんと、今度はその蛭峰兄も殺害されてしまう。それもエレベ-タの中での密室殺人!車椅子の蛭峰兄は三角館の3Fから「独りで」エレベ-タに乗る。この時点では蛭峰兄はちゃんと生きていた。ところがエレベ-タが1Fに到着して扉が開くと、なんと車椅子に座った蛭峰兄の首には短剣が突き刺さっているではないか!‥‥‥と、まあ事件の内容はこんな感じ。添付したのは、この講談社ジュニア版に付いていた口絵。これまた相変わらずグロい(笑)。バックに見えている建物が三角館なんでしょうな。

 

 

第一の殺人たる蛭峰弟が殺された時、警視庁から腕利きの篠警部が派遣された。この篠警部と先の森川弁護士がコンビとなって犯人を追う。

まずは舞台となる三角館という独特な三階建ての西洋館が魅力的。本にはきちんと細かな見取り図も付いている。長生きを競っての財産争い‥‥という事件の風変わりな背景もいい。そして篠警部と森川弁護士という探偵コンビが実に魅力的なんだな。そして自分が特に気に入っているのは、エレベ-タ内での第二の殺人が起こった後、二人が三角館2Fの図書室を借りて、そこを捜査本部として二人であれこれ事件に関する推理談義をする箇所。この箇所なんて子供の時の初読の際には「わくわくしながら」読んでいたものだ。「三角館の2Fにある図書室を捜査本部として」という点が、未だに自分的には凄く気に入っている。館を舞台とした連続殺人事件では、こうした探偵「本部」が不可欠だと思うわけですよ(例えば『ミルン/赤い館』とかにはそれが無いんだな)。出来れば「本部」として使う部屋の室内の細かな見取り図も、たとえそれが事件とは全く無関係でも、自分としては載せて欲しいくらいだ。

そしてラスト。篠警部は罠をかけて犯人をおびき寄せ、三角館の住人達に協力してもらい、夜の三角館にて待ち伏せをする。このシ-ンなんか凄いですよ。もう「はらはらどきどき」もの。何しろ乱歩自身が「『スカ-レット/エンジェル家の殺人』を初めて読んだ時、このシ-ンでドキドキしちゃってね」と後に語っている。わかるわかるわかる。炬燵の中の自分も本当に「ドキドキしちゃってね」だったから。勿論、名探偵たる篠警部は犯人が誰なのかはわかっている。しかし名探偵が関係者を集めて「犯人はあなたですね」と指摘するよりも、夜のこうした待ち伏せ場面で犯人を取り押さえて「おお、やはり君が犯人だったのか!」とやった方が効果的だという事。

凄いな乱歩!‥‥いやいや、凄いなロジャ-・スカ-レット!

ちなみにこの『三角館の恐怖』、現在では創元推理文庫か春陽文庫で読めます。

 

◆3月21日(木)の自宅音楽鑑賞。

↓まずは前日20日(水)に続いて、このCDから。

 

 

↓CD。DGから後に出たOIBPリマスタ-盤。

 

 

↓CD。自宅再生装置の音質チェックに使っているCDのうちの1枚でもある。

思っているような音が出ない時は実にストレスが溜まる。

この日もイマイチだった。

 

 

◆3月22日(金)の自宅音楽鑑賞。

 

 

 

 

 

 

 

◆3月23日(土)の自宅音楽鑑賞。