あの日とは…

大量の放射能が首都圏を襲った3月15日のこと。

この日、前日までお休みだった幼稚園が再開された。

原発事故のテレビ報道ばかり見て、母子ともに神経が張り詰めていたため、気分転換になれば…との思いから登園することにした。

朝9時、5歳の娘を自転車の後ろに乗せ、まだ9か月だった下の子を背負って幼稚園に向かった。

この安易な決断が後々の私を苦しめることになる…


その後、近所のスーパーに買い出し。まだ陳列棚はガラガラ。それでも品物を求める客で店の前に行列ができ、私も下の子おんぶのまま列に加わる。

帰宅すると京都に住む実母から電話。「原発の状態が心配だから実家に避難すれば?」とのこと。

「そこまで心配せんでも大丈夫やろ~(笑)」

危機的状況をまったく理解していなかった私。

これは後々わかったのだが、危機の真っ只中にいる人は「まさか自分は大丈夫だろう」と安全バイアスが働いて、そこから逃げようとしないのだとか。

まさにあの頃の私がそうだった。

テレビ報道を見て、ただならぬことが起きているのはわかるのだが、枝野の「ただちに影響はない」を信じ、すがりついて、何事もないように笑い飛ばしていた。

情報源はテレビと新聞のみ。

実際、下の子の世話でてんてこ舞いだったのでネットまで手がまわらなかった。

原発の知識がまったくなかったため、事態の深刻さを鋭く嗅ぎ取る嗅覚が働かなかった。

無知ほど恐ろしいものはない。

今、つくづくそう思う。
原発事故以来、私は心の底から笑うことができなくなった。

子どもの無邪気な姿を見ては、どうかこのまま何事もなく無事に育ってくれと願わずにはいられなくなる。

バラエティー番組でのタレントたちのバカ騒ぎを見ては、あまりの脳天気ぶりに吐きそうになる。

ディズニーランドに行けば地面の汚染が気になり、ママ友ランチに行けば食材の汚染が気になる。

いつもいつも、心にどっしりと重石がのっかっていて、何をしていても心から楽しむことができないのだ。


ここは東京。

福島から200キロ以上離れているのだから大丈夫。

東京に汚染はない(ことになっている)から大丈夫。

健康にただちに(将来はわからないけど)影響はないから大丈夫。

食べ物は(基準値高いけど)きちんと検査されているから大丈夫。

国もマスコミも、みんな揃って、安心、安全、大丈夫の大合唱。

一方で、ネットには、大手マスコミでは絶対報道されない絶望的なニュース、噂、デマが溢れる。

真実は一体どこにあるの?

子どもは健康に生きていけるの?

このままここに住んでいて本当に大丈夫なの?

あの日から、私はこんなことばかり考えている。

一年半考え続けているけれど、まだ答えは出ない。

たぶん答えはどこにもないのだろう。

あの日からのこと、少しずつ振り返っていこうと思う。
いやはや、数ヶ月ぶりの更新。

どんだけ放置!?