記憶が新しいうちに記録を…


子どもの話ではなく、私の母の話です


約10ヶ月前に肺癌が見つかり手術をしたのですが

闘病の末に、今日、人生の最期を迎えました。


早すぎるよね…

診断された時から、どうなるのか不安で仕方なかったけど

手術が終わってひと段落し、普通に生活できていたので、安心していました。

でも、転移がわかってから

どんどん動けなくなりました。


手術のあと、骨と肝臓に転移が分かり

春先に転移部位の腰椎圧迫骨折が分かり

寝たきりの入院生活が始まりました。


その頃から、闇に落ちたような表情、言動が始まり

今までの母とは全く変わってしまいました。


自分で動けなくなり

手伝ってもらうことが当たり前になり

恥ずかしさも無くなり

本当に母なのか?と思うほど

病気が母を変えてしまった。

歩行器で一生懸命歩く母の姿は

とても小さく、頼りなく、そして弱々しく感じました。


病気なんかなければ今頃…

と何度も思いました。

街で歩く母と同世代の方を見ては

お母さんも元気だったら、色んなことができたのにな…

と、本当に可哀想に感じました。


色んな場面で、

こうすればよかった

と思うことが蘇り、後悔が沢山あるのですが


息を引き取った時は、

「お母さん、やっと楽になれたね。よく頑張ったね。」

という気持ちもあり、覚悟できていたからなのか感じたことのない不思議な感情でした。


私は遠方に住んでいたので沢山助けに行くことができなかったのですが、

今月は介護休暇をとり、なかなか家に帰れなかった母を家に連れて帰り、しばらく過ごしました。

その後、私の自宅近くの施設に入所させたのが約1週間前のお話。

その矢先の最期でした。


ここに至るまで、病院へ搬送するのか、治療はするのか、どう過ごすのか

など、色んな判断を求められ、往診医の先生と話をしました。

親族にも「本当にこれでいいのか?」と聞かれることも胸に刺さり

これが正しかったのか、自問自答する日々を過ごしました。


今回の出来事を通して、自分の中の感情は誰にも分かってもらえないんだという孤独を感じました。

ケアマネージャーさんにこの葛藤を聞いてもらうと少し落ち着いたのですが、逆になんで近しい親族とこの感情を分かち合えないんだろうという虚しさも感じています汗


というのも、私は兄と2人兄妹なのですが、男性には話しにくいのです。夫も他人なのでね。

感情の部分を分かち合えるのは

女性なんですよね〜

子どもが女子2人でよかったな、と感じます。


私が母のような立場になった時、周りの人が困らないようにどうしてほしいか

はっきりと明記して旅立ちたいなと

今回の経験を通して思いました。


なんだかまとまらない内容になりましたが、

終わります