みなさんこんばんは。
Jetです。
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大都会大阪梅田の暮らしも落ち着いてきた。
部屋はだいたい片付いたし、行きつけのスーパーも見つけた。
今までは社員寮で食べていた朝食も、毎日作れて食べれるものを決めた。
晩御飯は今まで通り作り置きで、それもだいたい冷凍庫にストックが溜まっている。
でもちょっと気を抜くと、茨城の癖がでて、ストレスを解消するようなダラダラをしてしまう。
せっかくここまで来たけど、アメリカを目指す移民のように、最後まで気を抜いてはいけない。
俺は前に進み続けないといけない。
そんな訳で、ずっと関西に戻ったらやりたかったこと
”ジャズギターを習う”を先週ついに実行した。
梅田といえども、ジャズギター教室はそう多くない。
今時なジャンルではないことはもちろんとして←
そもそも楽器を習うこと自体がマイナー化していて、が故に、教室探しは迷わずに済んだ。
歩いて行ける範囲には2件しかなかった。
ギターを持っていくので、そう遠い場所は候補にならない。
そんな便利な場所に辿り着いたのだから、当然、候補にもしたくない。
そんな感じで習い始めたギター。
でも結局のところ、自分で練習するのがメインになる。
先生は、分からないことが直接質問できる人であり
練習しないと気まずくなる可能性があることでプレッシャーを与えてくれる人だ。
それ以上を期待してはいけない。子供が親にやらされている習い事ではないからな。
通勤の電車で、指板の配置を記憶する。
今更と思われそうだが、20年くらいギターを触っていて覚えていない。
形と場所を曲ごとに覚えればいけるからね。でもこれからは違う。
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俺は今、梅田に住んで日々研究職として働き、音楽のためにジャズギターを習う。
休日は朝はジムに行って、いつものフリーウェイトのメニューをこなし、いつものストレッチをする。
自転車でライフに行って食材を買いだめ、平日のための作り置きで冷凍庫をいっぱいにする。
メルカリで注文があれば、創作物を作って徒歩でコンビニから発送する。
そしてたまには北海道に行く。これはまだ予定だけど。
幸せになったはずだ。
地獄から抜けだして、地獄で見つけた自分の核を、生活の中心にした。
なんとなく昔から思っていた”35歳で結婚”も近いような気もする。
超速度で進む人生に、感覚が付いていっていないのかも知れない。
でもいまだに茨城の癖がでる。
こんなことしていていいのか、やることがあるだろう、
お前は最低な人間だと、俺が俺に吐き捨てる。責任を果たせと、死ぬまで走らせる。
いつから本当にやりたいことをやっていなかったのだろう?
習い事は親に言われて始めた。
勉強のためにやらなくなったことは山遊びだけじゃなかったはずなのに
もうとっくの昔から思い出せない。
今さら義務を捨てて、やりたいことをやるなんて、身体には酷なことなんだろう。
俺はやりたいことをやる感覚がよく分からない。
やるべき事をやることは、よく知っている。
でももうそれではやっていけない。できない。やる意味も意欲も、もうない
やるべき事は、他人に認められる。それは自分の中の他者でもある。
それが報酬であり、それはだいたい見当がつく。
やりたいことをやる。
それの結果にどんな報酬というか、エネルギーがあるのか。
いまだに予想がつかない。
だから信じて進めない。闇に投げ込むことができない。
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今でも他人に認められるような義務に戻りそうになる。
今までの決死の歩みに意味を見出せなくなる。
今は経験の何もかもが得るもので、失うものを持っていないはずなのに。
信じてやり込んで、そこに発生するものを信じるしかない。
俺はやる。
俺の人生は、そうあって欲しい。