すごく久しぶりに書くブログ。
それも3記事目。
自分でも何でまた書こうって思ったかはわからないけど、書いてみます。
前の2記事とも、すごい懐かしい。
信じるのが自分しかいない自分。
目一杯の明るさを演じて東京に向かったのが2011年夏。
そして今が2014年秋。
3年の歳月が経ちました。
3年かぁ~。
この3年色々あったなー。ホント。
簡単に時系列にはできんけど、ザックリと書いてみよっと。
2011年夏 上京 千葉の鉄筋の1次会社に就職
(すごく勉強になったなー。そして、結構色んな洗礼を受けた…。)
2011年2月 脳梗塞でぶっ倒れる
(いや~シビれましたわ。色んな面で。命あっての自分だって考えさせられたな…。)
2012年4月 千葉の1次会社を退社し、鉄筋屋を辞めようかと思う日々。
しかし、結果またハッカーを使う仕事を選ぶことに。知り合いや知り合いの知り合い。更には知り合いの知り合いの知り合いの現場を毎日日替わりで満員電車で現場に通うことに…。
2012年7月 六本木1丁目のMビル工事に携わる。
人手が足りないということで、何故か一部分の場所を任せられ、福岡から旧知の職人を呼んだりと奮闘する。
2012年10月 地元小郡の後輩の紹介で一回り以上下の相棒が上京。
のちに彼の凄さを知る。
2012年11月 足場から落下する。
残業続きの毎日の中で足場の不備もあったけど、落ちる途中に鉄筋を掴んだから下まで落ちることは無かったものの、左手のひじの靭帯を伸ばしてしまう。朝、現場に顔を出して通院しそれから自分自身現場で使いモノにならないのでアルバイトに行くという、どうしようもない生活。
2012年12月 福岡から来た旧知の職人に、ま、ウン十万円持ち逃げされる。
自分もそんなに稼ぎは無かったけど、東京に出てくるときに用立ててやったりしてた分とか、手伝いに来てくれてた人たちに渡す分のお金から、お金をウマイ具合に引張って行ったわけさ。彼を恨もうと思ったけど、彼も何か切羽詰まってたんだなって。それで、東京に来たんだなーって今でこそ思えるようになった。
2013年1月 現金5000円で迎える正月
見てのとおり2012年は2回死にかけ、収入もカス。
相棒に対していい思いもさせてやれず正月を迎える。この時ばかりはホント犯罪犯しかねない状況やったなー。もちろんそんなことをやることもせず、悶々としてた。
それで、現場はうまくいってるはずもなく、200万円ほどのマイナスが出てしまい、手伝いから始まったにも関わらず、200万円の借用書を書かされた。契約書もないのに借用書って…。自分の立ち位置もわからなくなってた気がするな。呼吸するのが精一杯。
しかし、これが転機だったような気がする。
何とか現場をうまくまわしたい。とか考えて多少無理してイエスマンをしてた自分がいた。
その考えを捨てた。
周りを期待しない。期待=信用と勘違いして甘えがあったんやなって。
そして、相棒が本気を出した。
すると、200万円の借金を4月には完済することができた。
それからは、また原点に返り手伝い周りに勤しんだ。
しかし、僕らが手伝いまわりをしていると、また現場を任せようとする人が現れるわけで、また手伝うことになった。
弱っちい二人組みの僕らに5.6人は最低必要な現場を任せるわけさ、また。
ホント酷な話、無理強いなわけ。
断ると手伝いした分払わねーとか言い出しそうな感じで。
で、結果また今度僕らが人不足と対峙することになってしまうんだね。知り合い通じて来てもらった人がいるはずなのに、朝礼に参加していない。おかしいと思ってたら隣の現場に現金もらって行ってたりする。
ありえん。
けど、あり得る。話なんですね、これがまた。
東京はいい人も多いけど、ホントありえんことも起きるってまたまた痛感したね。
で、自分も本格的に求人を始めた。
これが今のキュージーエスの始まり。
そして今また、転換しているわけで…。
にしても、過去の2ブログの自分を振り返ったら、かなりヤラカシとるわ。
ムチャクチャハチャメチャな2年を送っとるなー。
目を瞑ったらすぐ思い出すなー笑
おかげさまで何とかかんとか生きとる感じですね。
これからちょいちょいブログ書きます~
過去があるから今がある
未来があるから今がある
今をどのように生きていくかだね









