5月6日、今は無き、我が母校、
中濃西高等学校の同窓会が開催され、無事終了しました


発起人に誘われ、卒業時に、担任に言われた、
「同窓会委員やってよ」のたった一言で、今回の幹事をやるはめになり、イヤイヤのった同窓会の企画でしたが、
「どうしても今回の同窓会を成功させたい」
という、発起人のあまりの熱意に、中途半端な気持ちで引き受けるのは失礼だなと思い、
私も出来る限りのヤル気と努力で、準備を進めました
ハガキの発送リストの作成
出席者のリストアップ
席決め
式次第作成
タイムスケジュールの確認
会場の下見・ホテル側との打ち合わせ
料理の手配
司会進行の台本作り
サプライズの準備
当日の受付・司会進行・写真撮影・二次会のとりまとめ
ホテルへの支払い
等々
終わった後も、先生方への御礼の手紙や写真の送付
写真データの整理など
他の幹事と分担しても、本当にたくさんの仕事が
実際、気がおかしくなるんじゃないかと思う時期もあったりして、本当に大変でしたが、やっぱり、私、こういうことが好きなので、思い返せば、案外楽しんでやれてたような
当日も幹事は開始時刻の2時間前に集まって会場作り
思ったよりきちんとした感じの会場が用意されていて、ちょっと驚きました
先生方への花束贈呈も計画していたので、お花屋さんへ花束の手配
持ち帰った後も手間をかけずに飾れるように、アレンジメントフラワーに
実際、卒業アルバムに載っていないので、そんな悲しい出来事をきっと忘れている人も多い中で、
乾杯の発声をしてくれた彼は、その亡くなった子の写真を会場に持参し、その子の形見のパンツまではいてきてくれました
泣かせる演出するね~
無事、乾杯が終わった後の飲食・歓談の時間は、幹事も少し自由に
私が高校3年間、とてもお世話になった担任の先生も出席され、たくさんお話出来ました

先生から、
「し~ちゃんは昔からマメやったけど、今も変わらずマメなんやね~」と
(勝手にマメを誉め言葉として受け取っている
)
先生とたくさんお話する中で、
私達が高校3年生の時、担任の先生は39歳……
つまり、今の私達の年齢で高校3年生を受け持ったということ……
オソロシイ……
考えられないわ、この歳で人の人生を左右する相談に乗るなんて……私には無理だね
「先生、スゴいね
」って言ったら、
「そんな大変な時期に、あんたは、私の心の癒しやったわ
」って
ヤダ、先生ったら、テレるやん
自分で言うのも何だけど、高校時代は随分な模範生だったんで
「◯◯の委員会が足りない、やって」
「執行部が足りない、やって」
「西高祭、◯◯がやりたい、企画して」
「生徒会の立候補がでない、やって」
「同窓会委員やって」
まぁ、先生のお願いはいくつも聞いてたからね、先生がそれを覚えててくれただけで、良しとしましょう
(何だか私の方が上からやけど
)
先生、現在59歳……
5月10日のお誕生日には御年60歳になられるそう
(私と同じ誕生日
)
先生が最後に
「会が始まるまでずっと、あと1年でやっと仕事がやめられると思ってきたけど、
こんなに素敵な同窓会に呼んでもらって、こんなに立派になった君達を見ていると、自分がしてきたことはまちがいじゃなかったんだって思えました。
やっぱり先生っていう仕事は大変だけど、あと5年はいけるんじゃないかっていう気持ちになりました。」
と話されている姿を見て、何だかジ~ンとしてしまった
出席された先生方に、
呼んでくれてありがとう
同窓会をひらいてくれてありがとう
とたくさん言って頂いて、
同窓会、本当にやって良かったなって思えました
卒業して20年という月日が流れ、みんないろんな生活や事情がある中で、時間をやりくりして、
遠くからわざわざ出席してくれた人、
仕事を調整してかけつけてくれた人、
子供を預けて出席してくれた人、
子連れで出席してくれた人、
想像をはるかに上回る参加人数に、心から感謝です
本当に楽しい時間はあっという間でした
幹事として悔いの無いようにやりきりました
生徒として、ちゃんと先生に御礼が言えました
旧友と楽しい一時を過ごせました
3時間だけ、高校生に戻れました
笑
次回は、いつなのか、幹事が誰なのか、さっぱり分からず見当もつきませんが、
またいつか、誰かが同窓会を開いてくれたらいいな
その時は是非、出席したいな








