母は、認知症が進み、すでに3歳児になっていることを改めて認識した。
子供の3歳児と違い、中途半端に知識があるのが、面倒だ。
どこに行きたいとか、一緒に外食をしたいとか、疲れたから、迎えに来てもらうために、ケータイで電話するとか。
身体も健康なので、目を離すとどこかに行ってしまう。
今週末は、父が旅行だったので、母に付き合い、結果、向き合うことたなった。
土曜日の朝から、自転車で現れ、床屋に行っていた我々の帰りを待っていた。
たまたま、車のリコールで代車があったので、身延山久遠寺に行きたい。お祈りしたい。の希望を聞いてあげた。
ドライブ中も同じことを何回も繰り返し、名称が思い出せないので、会話にはならない。この状態を受け入れるのも、2年前ぐらいは信じ難いことだったが、最近受け入れられたことだ。
移動中は、鼻歌を歌い、ご機嫌だか、渋滞になると、意味のない、会話にならないことが、繰り返される。
続く。