残暑中お見舞い申し上げます。
毎日暑くてお出かけするのも怖いくらいですね。
前回ブログでは沢山の応援ありがとうございます。
2日に大腸検査に行きました。
ポリープを1個切除しました。
「憩室もありますよ」と、Dr.に言われました。
憩室は大腸の壁にできた落とし穴のようなもので、
そこに便がはまると炎症が起きます。
私は12年前にお腹の手術をしているので、
よく罹患します。
術後は家で薬をのんで静かに暮らしていました。
やっと回復しました。
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今顔を出しているピアノ会の次回のお題は「応援歌」です。
私は元気が出る曲は苦手なんだけども、
以前から気になっていたKANさんの「愛は勝つ」を演奏することに決めました。
KANさんは去年亡くなられましたね。
紅白でモーツァルトのコスチュームでピアノの弾き語りをしておられたのが心に残っています。
確かモーツァルト没後200年の年でしたっけ。
動画を貼ろうと思いましたが見つかりませんでした。
この曲、モーツァルトっぽい曲だなと思いました。
私の触れた「モーツアルト」を集めてみます。
1)小林秀雄さんの批評で「モオツアルト」という書が気になりました。
昭和の時代の本です。
図書館で借りて読んでいます。
私はこの人の読者を置いてけぼりにするようなたたみかける文章には忌避感さえあります。
私が高校の頃は、小林秀雄さんは神様のように崇められていて「きちんと読解できないと現代国語の
成績が上がらない」とまで言われていたような。。
高校の頃は全くよさがわかりませんでした。
今でも正直わかりません。
年を取ったせいかお付き合いする体力は出てきたというところですね。
「この人はなんがなしモーツアルトのネタを語りたいんだな。聞いてやるよ。」で読み進めてます。
まだ半分も読めてませんが、
小林さんは、
モーツアルト研究者の文献を読んで、
その時代の音楽と比較対象してモーツアルトの人間像に迫っているという内容のようです。
この文章を書かれたとき小林さんは20代だったみたいです。
「モーツアルト」だけ読んだら、もうこの本は返却するわ。
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前々回ブログでも少し触れましたが、
私はモーツァルトはほとんど習ったことがありません。
中2の音楽の授業でモーァァルトのピアノソナタ11番イ長調を習いました。
「ピアノを習っている人はテーマとバリエーションを演奏するように」と音楽の先生から課題が出ました。
私もメンバーのひとりに入れられて演奏することになったけど、
まあ「シンプルなのに弾けない」というモーツァルトの洗礼を受けました。
一応ピアノの先生にも事情を話して教えていただいたけども、
先生もモーツァルトは苦手なのか、
レッスン中は奥歯にものが挟まった感があってすっきりしませんでした。
先生はにこりともしない重い時間でした。
出来のほうは散々で以来苦手意識があります。
「耳障りはいいのに実際に演奏すると難しい」のが私の印象です。
なので私が触れた「モーツァルト」をちょこっとアップします。
2)アマデウス: 劇場でリアルに観ました。
主人公の「ヒャヒャヒャ」という独特の笑い。
サリエリを茶化す傍若無人ぶりとそれとは裏腹のワクワクする音楽。
この時代は音楽はしかめっ面で聴くもののように見なされてましたけど、
「楽しくないと音楽じゃない」がモーツァルトのモットーだったような。
モーツァルト窮屈な空気に風穴をあけましたよね。
3)ミュージカル「モーツァルト!」
私は井上芳雄さんで観ました。
「僕こそ音楽」圧倒されました。
音楽が泉のように湧いて出てきてたんですね。
4)藤田真央さん
藤田さんも「モーツァルトの難しさはシンプルで明快なこと」と書いておられました。
書道の「シンプルな字ほど書くのが難しい」のと同じですね。
藤田さんも努力はしておられるのでしょうけど、そんな裏のご苦労を感じさせないほどの軽快な演奏をされますね。
私は数年前ブロ友さんと藤田さんの演奏を聴きに行きました。
そのときのプログラムはブラームスとシューマンでした。
アンコールにモーツァルト(曲名メモするのを忘れました)を演奏されましたが、
今までのシューマンとは表情もまとう空気感もがらっと変わり、
「待ってました」とばかりに水を得た魚のように演奏されたのが印象的でした。
藤田さんが好きすぎて、「モーツァルトピアノソナタ全集」を買いました。
聴くたびにリサイタルを思い出します。
私の苦手なモーツァルトをリアルに聴くことができて幸せでした。
私をこのリサイタルに誘ってくださったブロ友さんには感謝です。
明日から娘が泊まりに来るので、コメントのお返事が遅れるかもしれません。
よろしくお願いします。
暑いので皆様ご自愛ください。