第45回 成吉思汗のDNAがアメリカ人に?(The Story of Y)、Genghis Khan(令和6年5月9日)

 

 ニュースと違い、社説に笑えるものは少ない。

 しかし、一見すると真面目っぽいニューヨーク・タイムズ(NYT)にそれを見つけた。

 まず、露払いとしてのニュースがあり、社説は結論という構図。

 

 時は2006年まで戻る。

 

 最初はアメリカの白人男性にジンギスカンのDNA、正確にはY染色体が見つかったーという報道から始まった。米英ではちょっとした騒ぎになったらしいが、筆者はちっとも知らなかった。

 ちなみに、成吉思汗の読み方はチンギス・ハーンなどもあるが、ここではジンギスカンに統一する。

 

【前半】ニュース

【後半】社説 The Story of Y(Y染色体の物語)

【締め】「成吉思汗」という名前の秘密

 

【前半】ニュースから

 2006年6月6日のNYTの記事(※1)。

 書き出しはこうだ。

 「ジンギスカンの子孫を主張できる最初のアメリカ人が発見された。 彼は、フロリダ州コーラルゲーブルズにあるマイアミ大学の会計学の准教授であるトーマス・R・ロビンソン(イギリス系白人)です。」

 顔写真まで出ている(笑)

 

 そして、「遺伝学者たちが活躍して、彼につながると考えられるモンゴル皇帝のY染色体は、2003年にイギリスのオックスフォード大学の遺伝学者によって特定された。遺伝学者たちは、遠く離れたY染色体がジンギスカンのものであり、彼と彼の息子たちがハーレムで精力的に働いたために広まったに違いないと結論づけたという。」(笑)とつながる。

 また、関連する記事が、タイムズ・オブ・ロンドンとマイアミ・ヘラルドに掲載されたという。

 

 そんなに関心が高いとは知らなかった(笑)。

 

 「ジンギスカンのY染色体は、イングランド北部の湖水地方に何世代にもわたって住んでいる家族にどのようにして入ったのでしょうか?」

 

 そうだよね。モンゴル軍団は、そこまでは行ってなかったはず。

 

 「モンゴル帝国はカスピ海まで広がっていた。遺伝学者は、バイキングが奴隷をカスピ海地域からロシアの川を航行し、オークニー諸島とシェトランド諸島(いずれもグレートブリテン島の北東)に移送した可能性があると述べた。奴隷の子孫はカンブリア(ウエールズ)に行き着き、ロビンソンという姓を名乗った可能性がある。」

 「ジンギスカンは 1227 年に亡くなったが、現在ではロビンソン氏の祖先を13世紀まで遡ることができる。」

 といったことが、結構詳しく書かれていた。

 

◆続いて6月21日の記事(※2)だ。

 「DNA検査は、ロビンソン氏にとって二重の驚きをもたらした。一つ目は、ジンギスカンの子孫だと言われたこと。2つ目は、最初のテストが間違っていたことを先週知ったことだ。」

 

 あらら、もう否定されたようだ(笑)

 

 最初にY染色体の検査を依頼した先は、英国のDNA検査会社オックスフォード・アンセスターズというところで、同社は、データベースを調べて、ロビンソン氏の染色体がジンギスカンの染色体に非常に近い遺伝的特徴があると発表した。

 

 同氏の先祖はイギリス人だったため、世間は明らかな違和感を持ったが、興味も持たれたため、このことはニューヨーク・タイムズを含むいくつかの新聞で報道された。

 

 そして、何と、映画会社がロビンソン氏をモンゴルまで飛行機で連れて行くことを申し出たそうな(笑)

 

 映画会社って・・・アメリカ人のジンギスカンへの関心が凄い!

 

 ここまでで、ロビンソン氏はけっこう有名になっていたのだが、彼はここでセカンドオピニオンを受けることにした。

 

 慎重ですな。

 

 彼はヒューストンにあるファミリー・ツリーDNA社の見解を求めたが、先週、自分がモンゴル皇帝のY染色体家系とは異なる枝に属しており、彼の子孫ではないことを知らされた。

 このDNA社の見解を支持する第三者の専門機関の意見も出された。

 

 最初に判断したオックスフォード・アンセスターズの創設者ブライアン・サイクス氏は、当初の解釈は合理的であると主張したが、タイラー・スミス博士の判決には同意した。

 

 細かな分析結果も書かれているが、省略する。

 

(※1)In the Body of an Accounting Professor, a Little Bit of the Mongol Hordes

(※2)Falling From Genghis's Family Trees

 

【後半】さてさて、上のニュース記事に関係した社説を見ることにする。

 

◆2006年6月7日 ニューヨーク・タイムズ(NYT)

【 The Story of Y 】(Y染色体の物語)

 

 日付を見れば、ネタバレする前に書かれたものであるが、興味深いので一部を引用して勉強してみる。

 

 It is a truism that people who believe they have lived former lives generally believe they lived the lives of famous people. It is always Cleopatra, never Cleopatra's cleaning lady.

 自分が前世を生きたと信じている人は、たいてい有名人の人生を生きたと思っているというのが定説だ。それは常にクレオパトラであり、決してクレオパトラの掃除婦ではない。

 

 (参考)truism 分かり切ったこと、自明の理 

have lived former lives 前世を生きた 

(比較)live in the past 過去に生きる、昔のことばかり考えて暮らす

 

 < 韓国の友人に聞くと、韓国人の多く(ほぼ全員か?)が先祖は両班(貴族)だと言うそうだ(笑)が、欧米では前世がクレオパトラのような有名人だと思うことが定説だったとは初めて知った(笑)。そこへいくと、日本人は「先祖は水飲み百姓!」と普通に言うし、筆者もそうだ(笑)。もしかすると、日本人は世界の中では変わってるのかも知れない(笑)。>

 

 Powerful men, like dominant males in most species, have the opportunity to engender far more children than men of little power. Genghis Khan, a prolific breeder, is a good example. He died in 1227, but his traces can still be found on the Y chromosomes of men in Mongolia and Central Asia. They can be found too, as several newspapers have reported, on the Y chromosome of an accounting professor from Palmetto Bay, Fla.

 ほとんどの種の支配的な雄と同様に、強い男性は、弱い男性よりもはるかに多くの子供を産む機会がある。多産家のジンギスカンが良い例だ。彼は1227年に亡くなったが、今でもモンゴルや中央アジアの男性のY染色体には彼の痕跡が残っている。いくつかの新聞が報じているように、フロリダ州パルメットベイの会計学教授のY染色体にも見られる。

 

(参考)dominant  支配力を持つ、有力な species (生物分類の)属、種(同名の怖い映画があった) engender 産む、繁殖させる prolific 多産の chromosome 染色体

 

< 「多産家」はprolific familyかと思っていた。人間にprolific breederを使うのは、征服者のような場合だけだろうか?私のデータベースでは1件しかヒットしなかった。>

 

 The story of how that fragment of Genghis's genes wound up in Palmetto Bay is probably of interest mainly to its owner. What interests us is the possibility of actually tracing such a link. It's one thing to know mathematically that we're all interrelated if you look back far enough in time.

 ジンギスの遺伝子の断片がどのようにしてパルメット湾(フロリダ)にたどり着いたのかという物語は、遺伝子の所有者にとって興味深いものだろう。私たちの興味は、そのようなつながりを実際に追跡できる可能性だ。数学的に分かることが一つあり、それはかなり遠くまで過去を振り返ってみた時に、私たちがすべて相互に関連しているということだ。

 

(参考)fragment 破片、かけら wound up (wind upの過去) 終わらせる、締めくくる interrelated 相互に関連のある、相関の

 

 It's another to be able to look at a genetic marker on the Y chromosome and say that it is the footprint, so to speak, of Genghis Khan, who ruled when power still meant a widespread biological impact on posterity.

 Y染色体上の遺伝子マーカーを調べて、それが、権力者がまだ後世に広範な生物学的影響を与えていた時代に統治していた、いわばチンギス・ハーンの足跡であると言えることは、また別のことだ。

(参考)so to speak 言ってみれば、いわば 

 

< ジャーナリストの高山正之氏によると、ロシアはモンゴルに蹂躙されたため、「モンゴル顔」と呼ばれる風貌の人も多く、有名人で言えば、レーニンもそうなのだという。 >

 

 Genetic analysis is growing steadily more sophisticated, with a surer and surer grasp of the genetic past. We are not that far from being able to fill in the gaps with surprising detail - to know things about ourselves and our ancestry that no previous generation of humans has ever known.

 遺伝子解析は着実に洗練され、遺伝的過去をずっとずっと確実に把握できるようになってきている。我々は、驚くほど詳細にギャップを埋めることができるようになるまで、そう遠くはありません。つまり、前の世代の人類がこれまで知らなかった、自分自身や自分の祖先についてのことを知ることができるようになるまで。

 

(参考)steadily 確実に、着実に surer and surer (sure「確か)を2つ並べる用法は、データベースだけでなく、手元の辞書とネットでも見つからなかった。) grasp 把握

 

 This information is worth pursuing in its own right. But it does raise the question of what Thomas Robinson, the accounting professor, will do with this new knowledge of his origins.

 この情報は、それ自体で追求する価値がある。しかし、会計教授のトーマス・ロビンソンが、自分の出自に関するこの新たな知識を使って何をするのかという疑問が生じる。

(参考)worth 価値 pursue 追跡、追及する raise the question of 問題や疑問が生じる

 

< 何をするのか? 自分のルーツに関する興味はあるが、歴史上の有名人だったらどうするだろうか。それはないから考えるのを止めよう(笑)>

 

 No matter what the facts, "I'm descended from Genghis Khan" still sounds not very different from "I was Cleopatra in a former life."

 事実がどうであれ、「私はジンギスカンの子孫である」ということは、「私は前世でクレオパトラだった」ということとそれほど変わらないように聞こえます。

 

< うちの母方の祖先は「平家の落武者」だと言われて育った。そういう人には時々会うし、〇〇家の重臣だったとかいう人も中にはいるが、だいたい「へえ~」で終わる(笑)。>

< そもそも皇室は日本人の総本家みたいなものだから、先祖を辿れば、有名人どころか、どこかで皇室の血筋と交わる可能性がある。大陸国家にはない君民一体という国柄もあるが、血筋的な背景も皇室と国民との一体感をもたらしているのではないだろうか。それは日本の良いところだと思う。ただ、先祖を遠く遡れる家は、我が家もそうだが少ないようだ(笑)。>

 

 

【締め】「成吉思汗」という名前の秘密

 

 世に「成吉思汗は源義経である」という説がいくつもあり、私自身も楽しく読んだことがある。

 義経説の理由を並べると、義経が死んだ証拠がかなり怪しい、東北から北海道・樺太・大陸にかけて義経が逃亡した跡が見られる、成吉思汗の生まれと死の状況に義経を思わせることがある、ジンギスカンの旗印が笹竜胆にそっくりだ・・・などなど。

 私が昔に読んだのは、髙木彬光氏の「成吉思汗の秘密」という本だったが、義経の死の疑問から、アイヌの伝承や各地の碑に残る痕跡を辿り、樺太から大陸に渡るろころも描いていく、もちろん成吉思汗として立ち、死ぬまでの推理が続く。

 そして最後の方で「成吉思汗」という名前自体に想像もしなかった秘密が明かされる。

 ネタバレになるが、まず、成吉思汗のだ。これは言わば役職名なので、他の汗たちはフビライなどと汗をはずして呼ばれることも多い。しかし、ジンギスカンだけは汗をはずさずに成吉思汗と常に役職付きで呼ばれたが、これが大事なポイントで、汗は謎解きに必須なのである。

 

 次に成吉思汗を漢文風に分解すると「吉成りて汗を思う」となる。

 汗を分解するとサンズイに干であり「水干」となるが、これは義経の時代の「白拍子」(踊り子)であり、たちまち静御前を連想する。

 これで、「吉野山の誓い成りて静を思う」と読めてしまうではないか。自分の名前で静御前に呼びかけたのではないか。ロマンスである。

 

 当時の言葉遊びというか、歌の教養があった義経ならこそ自分の名前に工夫を凝らしたのではないか。

 ここを読んだ時に、背筋がゾクゾクっとしたことを思い出す。

 興味のある方は、読んでみてはいかがだろうか。

 

 では、今回はこの辺で。

 

(注)このブログの内容を使った結果について、管理人は一切の責任を負いませんので、自己責任でお願いします。