タイトルは村上春樹の著作から。
僕は本を読むのも好きで、特に村上春樹は大好きです。どちらかというと短編小説の方がお気に入りかもしれない。『神の子供たちはみな踊る』という名前の作品があるんだけど、これは個人的にはすごくお勧めします。
村上春樹は『1Q84』の中で、きんたまを蹴られるのは、まるで世界の終りを目にしているかのよう、とかいう描写をしていた気がするけど、うん、そうだね。あれは痛い。
世界の終りといえば、あと浅野いにおさんの漫画作品にもそんな題の作品があります。浅野いにおは『ソラニン』で一躍有名になりましたが、短編集『世界の終りと夜明け前』も粒ぞろいです。ぜひすすめます。
なんだか本の宣伝みたいなことになってしまった。話を変えよう。
なんか人ってややこしいね。なんつーか、人々ひとりひとりはそんなにややこしくないと思う。みんな至極単純明快な動機で活動してると思います。○○が好き、嫌い、だからこうする、ああする、みたいな、とても簡単なもん?言語の文法に似てるかも。どんなにややこしい文章でも、修飾節とかを省いて行けば、最後に残るのは単純な主語と動詞と目的語しか残らない。時には目的語すら必要ない。でも、やっぱ人の心の中には少しずつ小さなひずみや齟齬感があったりして、それはたくさん集まるととてつもなく大きくなる。世の中は混沌になる。でも、そのひずみなんかも、なんかいいな、とかおもっちゃうわけだけど。俺も本当、頭も良くないけど、なんかそんなことを考えました。
俺もそんな人間の中の一人。なんだか難しく考えているようでも、結局大したことは考えてないんだろうな。あるいは、とても簡単なことをすげえ難しくとらえてるだけなんかも知れない。何かを一生懸命に考えたところで、結局、ね。わかりきった答えを飾ってるだけな気がする。