老人施設でお世話になっている父の担当さんが異動になった。

非常にセンスのある、父の扱いが上手な担当さんだったので残念なことだったのだが致し方ないのだ。

上手く対応していただけているおかげで、体力をつけた父は、発語中枢にダメージを受けている関係で、叫ぶことが多くなったような気がする。
実にエネルギッシュに叫ぶ。
言葉で表現できない埋め合わせをするように。
その激しさに私は圧倒され、ただオロオロするしかない。

先日見舞った折には、両足に拘縮予防のクッションをはさみ、両膝を折り曲げた体勢で「うーん、うーん」と唸り声を上げながらいきんでいた。

息も切れ切れになっていて、顔を高揚させて苦痛をにじませている様子なので、熱でもあるのだろうか…と思ったのだが、そうでもない。

「便がでるの?苦しい?」と問えば、頷いたようなそうでもないような。
必死なその表情を読み取ることは、もう私には出来なくなっている。

父がいきむことによって起こる色々な現象(胃ろうチューブを逆流してパックに噴出する胃液、額に浮き出る血管などなど)に、私はただただオロオロするばかり。
回って来られた施設の職員の方に
「必死でいきんでいるのですけれど…」と問うてみるも、職員の方は「多分淋しいのだと思います」っておっしゃる。

そうなのか?淋しいのか?淋しい想いの表現方法が、父の場合あの壮絶な「いきみ」なのか?

私はただ茫然と立ちすくむ。

実際、職員の方が傍におられる間、父はいきみ行為を停止するのだ。

施設の方の方が現在の本人の生活をより承知して下さっている訳で、そう言われれば疑う余地もないのだが…。