心の中に思いを馳せたり
人の心なんて絶対にわかり得ないことだとは思いつつ、気が付くとある人について
思いを馳せていることがあります。
好きとか嫌いとかではなくて、ただ、何でだろうって。
今の私ならどうしただろう?何ができるだろう?って。
彼のことを考える時、いつも思うのは「恋愛感情」と「その先にあるもの」。
男と女が出会って、お互いに好きになる時。
恋愛感情が生まれる時。容姿とか、性格とか、空気感とか。
その他諸々のことが自分にぴったり合って、この人こそ運命の人!って思う時。
何を口にしなくても、相手の考えることがぴたりとわかり、相手は自分?と思うくらい、
同じ価値観と舞い上がる時。
同じ時を空間を過ごしていても、1人の時以上に心地いいとき。
例えそれが、6畳一間のワンルームでも。シングルベット1つの部屋でも。
お互いを求め合うタイミングも一緒で、声が聞きたい、話がしたい。何してるかな?と思うのが同じ時。
そして何年かたち、お互いの粗が見え始め、受け入れられない粗が出てき始め、
お互いが苦しむ時。
その時に一番必要なのは、多分「話し合う」ということ。
話し合いとは「自分の気持ちを相手に理解させること」ではなく
「お互いを受け入れ合う」ということ。
当時の私は「話し合う=自分の気持ちを相手に理解させること」であり、
当時の彼は「話し合う必要がある=一緒にいる価値がない人」でした。
今思うと一方通行という意味では、どっちもどっちだなぁ(笑)
その時私は最初、話し合う必要がある状態になるまで、彼の心が読み切れなかった自分を責めました。
話し合う必要がある状態まで、彼の思い通りの人間になれなかった自分を責めました。
そして次に「話し合う=自分の気持ちを相手に理解させること」と思っていた、
自分自身の本心を知りました。
今も私は「話し合う」ということが上手くできないと思います。
私は「話し合う」といいつつ、自分の気持ちを相手に理解させようとするだけの
人間なんじゃないか。相手を理解するつもりがない人間なんじゃないか。
そう思う気持ちが強く、自分自身が怖いです。
そう思いながら、年に数回、思い出します。
彼は今頃何してるだろう?って。
恋愛感情がなくなり、相手の粗が見え始め、話し合う必要が出てきたとき、彼はどうするのかな。って。
少なくとも私は、次こそは「話し合い」がしたいなって思います。
それまでに、ちゃんと「話し合い」ができる人間になってたいなって思います。
そして可能であれば、次は「話し合う」ことの意味を既に知っている人と、
新しい人生を一緒に作っていけたらな。そう思います。
「話し合う」「話し合わない」以前に、そんな状態になったとしてもなお、お互いの存在を
必要とする。そんな人と出会いたいな。と思います。
あと「話し合う」だけでなく、スルーできるスマートな人間にもなりたいです(笑)