ある公爵夫人の生涯
監督:ソウル・ディブ
出演:キーラ・ナイトレイ、レイフ・ファインズ、シャーロット・ランプリング
製作年度: 2008年
美しい作品でした。私がこの時代が好きだからというのもあるけど。
故ダイアナ妃の祖先である、デヴォンシャー公爵夫人の実話だそう。
17才の誕生日を前に、指折りの公爵家、デヴォンシャー家へ嫁いだジョージアナ。
公爵夫人としてイギリス中の人々に愛され、夢一杯でスタートした玉の輿結婚でしたが、
待っていたのは「夢のような世界の中の折れてしまいそうな孤独」。
自分に無関心な夫。次々と愛人を作り、ある日突然愛人の子供を連れてきて「育てろ」といい、
彼女の親友にまで手を出し、その愛人でもある親友と3人で同じ家に住むことを強いられ。
今の時代の常識から明らかに逸脱した夫の行動に耐えて、さらに「男の跡継ぎを産むことが、
結婚に課せられた義務」と言われて、それでも何も言い返せない立場で。
気高くも人間らしく、真実の愛を追求しようとした彼女が取った行動は。
また一方で、様々な足かせをはめられた公爵の心は。
彼またある意味では、被害者だったのかもしれない・・・。
というお話。
これは私にとって、ものすごく思うところがある作品でした。
いくら時代が異なろうとも、常識が異なろうとも、「結婚をした」夫が自分に無関心というのは人として
耐え難いことなんじゃないのかな。少なくとも私はそう。
ただ、何年も無関心でいるように見られた彼の行動も、お互いの大きな過ちに直面する状況に
ぶち当たり、それを乗り越えようとする意志がある限り、理由のない無関心ではないのかな。
乗り越えようとする意志がある限り、情愛は生まれるのかな。
上手くいえないけど、結婚生活の中で「我慢すべき点」と「我慢しなくていい点」って一体何だろう。
ってこの作品を見て、改めて考えました。
忍耐あってこそ、生まれてくる信頼関係、情愛ってあるかもしれないから、我慢しなくていい点を
我慢しなくていい。っていう理由は何なんだろうって。
相手の行動を「点」ではなく「線」、それも「未来へ続く線」として見る忍耐力。
例えそれが「点線」で、今この瞬間には途絶えたように見えたとしても。
そういう風に考えたらどうなんだろう。
私に足りなかったのは何だろう。
その忍耐力って、何から生まれるのだろう。
つまるところ、結婚生活において「我慢する」って一体何なんだろう。
誰かと幸せに生きていく未来を想像するにあたって、やっぱりそこをすごく考えてしまいます。
こう書きながら思ったけど、我慢しなくていい点を忍耐で我慢して、自分を壊してしまう可能性と
引き替えに、そこから生まれる「かも」しれない情愛を作りだそうとすること自体、なんかナンセンス。
やっぱり情愛って、お互いの努力のもと生みたいものであって。
お互いの努力を「努力しているな」と感じられる価値観の一致ってすごく大事な気がする。
長い結婚生活で生まれてくる「情愛」って素晴らしいと思うけど、それを作る過程において、
わざわざ苦しむこともないんじゃないかな。
うん。情愛を作り出すことに「苦しむ」ことを必要とする相手は、やっぱり合う人じゃないよ・・・。
避けられることなら、避けたらいい。
すっきりとした結論じゃないけど、こんなことも思ったということで。
