上,都市教化の要領
一,都市教化の一般的綱領
一,愛市心の養成
当該都市の地理的,歴史的又は産業的若くは文化的特徴に基き愛市の精神を涵養するを目的とし,主として左の事項を提唱す。
(2)
イ,史蹟名勝の愛護
市の新旧によりて其の趣を異にすると雖,当該都市の有する史蹟名勝又は天然記念物は特殊の感想を其の居住民に與ふるものなれば之れを愛護せしむることは愛市心養成の要件たり。
ロ,郷土人物の顕揚
国史上に活躍せる人物は勿論当該都市に痕跡を印せる幾多の人物並に当該都市の出生者,自治功労者等を顕揚して愛市心養成の一助とす。
ハ,郷土名産の保護
当該都市の産業は古今変移あるを免れざるも其の都市の人為的若くは自然的に名物と呼ばれ名産と称せらるゝものを保護して其の都市の特徴を失はしめざるの類。
ニ,文化施設への留意
当該都市の文化的施設に於て他に優越せるものあるものは云ふまでもなく其の然らざるものも都市文化の発展,都市美の増進に留意せしめ其の都市に愛着の念を抱かしむるも亦一方法として算すべし。
ニ,自治観念の発揮
都市は農村の如く定住者少くして移動甚しきを以て其の居住者をして自己居住の都市は即ち之れ自己の都市たることを充分に認識せしむるに於て特に自治観念を発揮せしむべく,左の諸点に留意するを要す。
イ,公民教育の普及徹底
自治観念の発揮は公民教育の普及徹底に待つを根本要件とするものなれば都市の如く人々自己の利害に腐心して他を顧みるに暇なき生活者に対しては此の教養を最も必要とす。
(3)
ロ,選挙の粛正
現代自治混乱の根源は選挙の軽視と不公正とに基くもの多きを以て各人をして選挙権の重要に目覚めしめ其の行使を公正ならしむるは自治促進の緊要事たり。
ハ,党弊の除去
国政に於ける政党の確執が自治体に混入して都市を惑乱するの弊は其の例に乏しからず,これを除去し市民は一団となり公心を以て公事に当るの美風を助長せざるべからず。
ニ,公民義務の覚醒
公権利は公義務を伴ふ,徒らに権利の主張にの専らにして義務の履行を怠らば何を以てか自治の発達を企図すべき,市民をして公義務に覚醒せしむるも亦教化の必要事なり。
ホ,市民連帯思想の教養
市民の生活は全体として利害相通ずる連帯的関係を有す,此の思想を徹底せしめて利己中心や階級中心若くは党派中心の部分的思想を一掃せしむるは自治観念発揮の精神的基礎を築く所以なり。
三,公衆道徳の訓練
市民連帯思想の教養は自治観念養成の基調たるのみならず,都市の如き集団生活に於ては此思想は道徳訓練の根抵となり,公共生活覚醒の源泉となる,此根抵に立ちて道
徳的に留意すべき要点。
イ,集団道徳
都市生活者は講演,音楽其の他劇場映画場等集団の機会多きものあるを以て,此場合に於ける道徳は特に都市に於て範を示すを要す。
(4)
ロ,社交道徳
都市生活者は訪問,会合其の他未知の人と相会する機会も亦多きものなるを以て社交上の儀礼に於て特に教養する所なるべからず。
ハ,交通道徳
都市は交通の頻繁なるを普通とするが故に相互に交通道徳を尊重し乱雑無規律に流るゝなきの訓練を要す。
四,公共生活の覚醒
都市生活は隣保相接せる集団生活にして一人の生活は直に他の生活に影響するを顧慮すると共に市民として共同の利害を感ずるものなるを自覚し左の諸点に注意せざるべからず。
イ,火気使用並に消防への留意
人家櫛比の都市に於て各自に此留意なくんば生活の安定期し難きを思念し相互に相警むると共に災害の拡大を防止するの訓練あるを要す。
ロ,公衆衛生への関心
清潔,予防其の他共同的なる衛生作業に協力すると共に伝染病隠蔽其の他自己中心の行動なきやう注意せざるべからず。
ハ,公共施設に対する理解
都市生活者は水道,電燈,瓦斯等公共的施設による便宜を享受するものなるを以て此公共的施設に対し濫費を避くるの必要を理解せしむるを要す。
(5)
ニ,公共営造物並に公園其の他の公共物に対する愛護
公会堂,公園,道路等すべて公共の経営に成る建築,土地等に対し自己の所有物に対する如き愛護の念を涵養せしむるを要す。
五,迷信の勧絶と真信仰の顕揚
浮沈の甚しき都市生活者に於て最も盛なるは運命の予知たる卜占,其の伝換法たる祈祷,禁〓等にあるを以て之を〓絶し,勤勉努力,自力開運の風を鼓吹するを要す。
イ,淫祠の掃蕩
其の信仰の対象として風俗を破壊するものは勿論其の信仰形式に於て〓くも良風美俗を害し,且つ智識の進歩を妨ぐると認め得べきものに対しては之を掃蕩して都市の浄化を計るを要す。
ロ,投機的信仰の打破
投機的信仰は特に都市に於て多く,其の極国民の思想を強化するものなれば之を打破して自力発展の思想を鼓吹せざるへからず。
ハ,迷信風俗の除去
都市の伝統的習俗の中には往々迷信的なるものゝ残存を見ること少からず,之れを除去することは都市文化開展の上に於て軽視すべからざることたり。
ニ,健全なる人生観の把握
刹那の享楽に耽りて永遠の人生に考慮を運らさざるは変轉常なき都市生活者の免れ難き所なればこれを是正して健全なる人生観を把握せしむるを要す。
(6)
ホ,宗教情操の涵養
哲学的なる人生観は一般民衆の把握し難き所にして民衆をして社会観人生観に対して永遠にして且つ普遍なる意義を憧憬せしむるは宗教的情操の涵養に過ぎたるなし。
六,勤検の美風奨励
都市生活者の農村生活者に比し特に其の差の外観的に顕著なるものは勤倹に於て欠如する点に存すれば此点に留意し先づ都市より質実剛健の美風を顕揚することを要す。
イ,遊蕩気分の排除
都市は農村に比し娯楽機関の整備し濫費に対する誘惑多きを以て動もすれば遊蕩に堕して健全なる生活を妨ぐるの慮あり,之を排除するも亦都市教化の一要件たり。
ロ,勤労尊重の挙揚
遊蕩気分の漲る都市に於ては自ら勤労軽賤の弊風を生じ,却て遊惰を羨望する傾向なしと云ふ能はず。之を一掃して勤労尊重の美風を鼓吹して初めて健全なる都市は建設せらるゝものなれば此の点の留意は最緊要事に属す。
ハ,奢侈の弊風打破
奢侈の弊風は常に下移の法則を辿り上流より下流へ,都市より農村へと傳播するものなれば都市に於ける上流生活者に格段の反省を促すと共に一般都市生活者も亦其の弊風打破に覚醒するを要す。
ニ,質実生活の鼓吹
質実なる生活は剛健なる精神に伴ひ剛健なる精神は国家興隆の大本なるに想到すれば都市に於ける質実生(7)活の鼓吹がやがて国民精神の基調なることに想ひを運ひを運らさざるべからず。
ホ,農村生活者との対比連想
都市生活者は常に農村生活者の質実と勤労とに対比連想して自己の生活を警覚し,動もすれば奢侈遊惰に流れんとするの弊風を矯むるを要す。
七,都市発達への協力
都市は一国文化の表徴にして当該地方の文化も亦其の都市によって代表せらるゝものなれば不断の努力を以て其の向上発展を計らざるべからず。
イ,都市教育の発達
一切の発達は人を基調とす,人の発達向上は之れを教育に待つの外なければ都市の発達向上も当該地方の教育の発達を根本とし各般の教育的設備に協力せしむると共に特に社会の教育教化に留意して市民の全般的発達を計らざるべからず。
ロ,市民健康の増進
市民各自が衛生に留意すべきは云ふまでもなけれど都市は都市として市民の健康を増進せしむべき公共的設備を要す,而して此の設備の完成も亦市民の協力によりて達成せらるゝものなるを自覚せしめざるべからず。
ハ,都市経済の振興
都市の性質により産業其の他に種別ありと雖,都市生活の物的基礎たる経済の振興に対し市民各自に関心を有せしむるは都市発達の一要件たるを失はず。(8)
ニ,都市文化の向上
以上列挙したるもの悉く文化向上の要因なりと雖,更に広く全般的に文化不断の発展に留意せしめ市民の鑑賞眼を高め物質的には都市美を発達せしめ,精神的には品格の向上を計り卑野の弊風を掃蕩して清き明るき都市の実現に協力せしむるを要す。
八,婦人覚醒の喚起
以上の各項悉く婦人の協力を待って初めて目的を達し得べきものにして都市は農村よりも智識階級の婦人に富むと共に,有閑階級の婦人も亦多くして其の無反省なる行動の累を都市生活に及ぼすもの少からざれば先づ智識階級婦人の起って婦人覚醒の先導となり以て是等婦人の覚醒を促し以て都市の健全なる発達に寄与せられんことを力説せざるを得ず,特に
イ,風紀の粛正
ロ,生活の緊縮
ハ,博愛心の涵養
等に就て婦人を労すること頗る多きを考慮するを要す。
[中央教化団体連合会(1933)『都市教化留意要項』]