数年前、そいつはいきなり現れた。
ウチのライヴを観にきたんだっけかな?
口調はどこか反抗的で見た目は派手さ満点、やたら深めに巻いたバンダナから覗く目も、これまた反抗的な眼光を放っていた。
そんな見た目とは裏腹に、どっこい話してみたらすげぇ良いヤツでさ。
酒を酌み交わすまでに時間は全く要らなかった。
お互いX JAPANが好きで、そんなとこでもウマが合ったんだよね。
それからは本当に良く遊んで、良く飲んだ。
BOXのライヴにも時間さえあれば良く顔を出してくれた。
ファーストツアーの時だったか、横須賀かぼちゃ屋でのライヴの時は俺らを知ってるお客はゼロ。
そんなのはひとたび都心を離れれば分かりきっていたことで、良くは無いけど慣れたモノ。
『初見のヤツらの脳裏に一生消えないショックを刻み込んでやろうぜ!』
なんて息巻いてステージ上がったらさ、そいつが最前列ど真ん中にいる訳よ 笑
それまでのピリッとした空気は何処へやら、笑っちまったよ。笑
嬉しかったんだ本当に。
それから暫くして、そいつは仕事の転勤てやつで西の方に引っ越す事になったんだ。
ちょっとした距離はあるけどそっち方面にもツアーで行った事はあるし、そっちでライヴやりゃまた会える。ましてや一生そっちにいる訳でもない。帰ってきたらまたいつでも飲める。
連絡は取り合ってた。
こんなこともあった。
5月7日の夜にいきなり電話掛かってきたと思ったら、電話口ですげぇ酔っ払っててさ。
『たくや〜、ちゃんとhideさん聴いて呑んでんだろうなぁ〜?!今日は命日だぞ〜』
速攻ビール買ってきて飲んだわ。
そんな電話のやりとりから1カ月と少し。
そいつはいきなり死んじまった。
原因は仕事での過労だったみたい。
正直信じられなかったし、過労っていう理由も後から知った事でこの時はまだ亡くなったって事しか分からなかった。
すぐにでも駆けつけたかったけど連絡網がまあ複雑で、ご家族の意向もあったのだろう、暫くはただただ連絡を待っている事しか出来なかった。
そんな中、俺には何が出来るか。俺にしか出来ない事は何か。
自問自答を繰り返した結果、一つの曲を作る事にした。
出来上がった曲は俺とあいつの間だけの口約束だったりと、完全に個人的な曲。
だけど、メンバーももちろんそいつと仲が良かったから演奏、レコーディングする事を快諾してくれた。
長くなったけど、その時の曲を公開する事になりました。
歌詞も載っています。
『ミュージックビデオ』なんて言えるモノではないけれど、たくさんの人に聴いて貰えればと思います。
タイトルは、1982。
亡くなった友人の生まれ年。
俺の生まれ年でもあるんだけど。
大切な友人に送る大切な曲です。
聴いてみて下さい。
PUNKROCKBOX TAKUYA
