郡山に泊まった翌日の早朝、福島に通うようになって初めて、ミンキョちゃんと神社を参拝しました

ともゆうさんと散策したとき、鳥居を見つけてから、ずっと気になっていた郡山の安積國造神社

名前、読めますか?「あさかくにつこじんじゃ」と読みます

商店街の中に、第一鳥居がポツンと建っています

とめさんの「お猫さまさま」-2011082106200000.jpg
この参道を真っ直ぐ歩いて行くと、大きな道路を挟んだ反対側に本殿がありました

遠回りをして歩道橋を渡るのが面倒だったので、いけないと思いつつ、道路をダッシュで横断

とめさんの「お猫さまさま」-2011082106230000.jpg とめさんの「お猫さまさま」-2011082106230001.jpg 第2鳥居と大きな灯籠は震災で倒れたみたい(後々、調べたら倒れたのではなく、取り外して置いてあるそうです)

とめさんの「お猫さまさま」-2011082106320000.jpg 第3鳥居と本殿

左手にはおかめさんのお面が飾ってある能楽堂があります

階段を上りきった奥に本殿、その横に小さな社や石灯籠などが並んでいました

中には地震の被害を受け、壊れて今にも崩れそうに傾いた小さな鳥居もありました

この神社…鳥居をくぐった時の空気は、不思議と伊勢神宮の空気と似ています

ここはともゆうさん一家の氏神さまでもあるので、ともゆうさんとはなわさん一家の無事と、みんなの無事を祈り、塙町に向かいました

■ 安積国造神社
郡山総鎮守、安積国造神社(あさかくにつこじんじゃ)は、郡山駅の程近く、市の中心部の欅や銀杏の茂る森の中に鎮座します。
ご創建は、第13代成務天皇の御代。勅命により、比止禰命(ひとねのみこと)が安積国造(あさかのくにのみやつこ)に任ぜられ、当時未開の地であったこの地を開き、治めました。社稷(しゃしょく)の神として、安積国造神社がお祭りされ、それ以来、祭祀が継承され今に至ります。
もともとお祭りされている神様は、和久産巣日神、天湯津彦命、比止禰命の3神です。その後、坂上田村麻呂将軍が国造神社に詣でて八幡大神を合祀されました。
「八幡様」と称え奉られているのもそのためです。
江戸時代には中世の領主安積伊東氏がお祭りしていた稲荷大神も合祀されました。

■ ご祭神について
和久産巣日神(わくむすひのかみ)若々しい生成力を生み出す神様です。伊邪那美神(いざなみのかみ)の御子神、伊勢神宮外宮(げくう)のご祭神豊受大御神(とようけのおおみかみ)の御父神にあたります。

天湯津彦命(あめのゆつひこのみこと)邇芸速日命(にぎはやひのみこと)が天磐船(あめのいわふね)に乗られて河内国河上の哮峰(いかるがのみね)に天降りされた時、従われて降臨された神様です。比止禰命の御祖神です。
比止禰命(ひとねのみこと)天湯津彦命の10世孫にあたります。第13代成務天皇5年、勅命により阿尺国造(あさかのくにのみやつこ)に任ぜられました。
安芸の国から未開の当地へ赴かれ、社稷(しゃしょく)の神として和久産巣日神、天湯津彦命を赤木山に祭られ、阿尺(安積)の国を開かれました。

誉田別命(ほむだわけのみこと)第15代応神天皇、八幡大神と称え奉ります。坂上田村麻呂将軍東征の砌、国造神社に奉祀されました。天和3年現在の鎮座地へ奉遷されました。安産、子どもの成長、厄除け、交通安全はじめ、ご神徳が著しい神様です。

倉稲魂命(うかのみたまのみこと)稲荷大神。中世の領主安積伊東氏古城内(現在の陣屋)に鎮座されていましたが、天和3年現在の鎮座地へ奉遷されました。五穀豊穣、商売繁盛の神様です。

※安積國造神社HPより引用抜粋させて頂きました