男はつらいよ 寅次郎真実一路
★★

松竹/105分/1984年(昭59)12月28日公開 <第34作>    
原作    山田洋次    脚本    山田洋次  朝間義隆    監督    山田洋次
撮影    高羽哲夫    音楽    山本直純    美術    出川三男
共演-倍賞千恵子・下條正巳・三崎千恵子・前田吟・太宰久雄・笠智衆・吉岡秀隆・美保純・佐藤蛾次郎
ゲスト-大原麗子、米倉斉加年、風見京子、津島恵子、辰巳柳太郎、桜井センリ
 

併映作品: 『ねずみ小僧怪盗伝』監督:野村芳太郎 出演:小川真由美、中村雅俊、松坂慶子、中条きよし、和由布子
動員数144万8000人/ロケ地:茨城県牛久、鹿児島
 

★「男はつらいよ」シリーズ第34作目。

今回のマドンナは第22作「噂の寅次郎」以来二度目となる大原麗子。ちょうど前作から6年後の公開、大原は38歳となっている。今まで吉永小百合と浅丘ルリ子が、それぞれ同じ役での再起用はあったが、同じ役者での別役の再出演は本作が初めてだ。

今回の構成は前作の「夜霧に・・・」と同じく、かなりそれまでのマンネリ感を打破しようとした試みの跡が見受けられる。寅が自主的に旅に出ないとか、惚れる相手が子持ちの人妻だとかだ。

夢のシーンは当時大ブームとなっていた怪獣が出てくる。「宇宙怪獣ギララ」は1967年に製作された松竹唯一の怪獣映画。渥美清との掛け合いは、そのトンマな顔つきからして妙に似通っていて笑えた。

柴又に戻ってきた寅、いつもの様にタコと喧嘩になる。今回は参道に出ての大喧嘩。いつものセット内ではなく参道のロケ先なので開放感があって新鮮だった。その後寅は赤ちょうちんでやけ酒飲んでいると、その店で証券会社の課長と知り合う。いくら酔っているからといって寅の飲み代を奢ると言う設定は少々無理があった。それほど意気投合したわけでもないし・・・。

この課長を演ずるは第10作「寅次郎夢枕」で八千草薫に惚れる大学教授役や、第16・26作の帝釈天の巡査役を演じていた米倉斉加年。米倉はこの時50歳。福岡県福岡市出身。高校ではバスケットボール部の主将を務めた。西南学院大学在学中に演劇に目覚め、大学を中退して1957年に劇団民藝入団、以来俳優としてだけでなく演出家・画家としても活躍している。

その後寅はお礼を持って証券会社の米倉を訪ねる。当時は未だネットは存在せず、証券マンが顧客に対して推奨株を指南して営業していた時代。相場師まがいの殺伐とした会議の描写が面白い。このシーンでの部長は「あじさいの恋」でいしだあゆみ意中の人を演じた津嘉山正種。寅の持ってきたバナナを次々に引きちぎっていく所など、当時の株売買に携わる人達の気質などが的確に描かれている。

やがて米倉は突然失踪してしまう。激務に耐えられなかったのだろうか。奥さんを演ずる大原麗子と寅は一緒に米倉の故郷鹿児島を訪ね歩くのが本作の見所となっている。

宿で寅と大原がお酒を飲み寛いでいる。そこに女中が来て知り合いのタクシーが来た事を知らせる。大原は突然不機嫌になる。

寅「好きであんなヤツのところに泊まりに行くんじゃありません。旅先で妙な噂が立っちゃ課長さんに申し訳ないと思いまして」
大原「つまんない、寅さん・・・」
寅「奥さん、オレは汚っねえ男です・・・ごめんなすって」
と開ける襖を間違えてしまい、押入れの布団にぶつかる寅だった。

ここのところのセリフは、戦時中の1943年公開、稲垣浩監督「無法松の一生」に酷似している。阪東妻三郎演ずる人力車夫が未亡人に惚れてしまい、彼女に「わしの心は汚い」と告白して悶々と去っていく。この場面は当時のGHQの検閲によってごっそりカットとなった。「軍人の未亡人に身分の低い男が言い寄るとは何事だ」という判断だったとされる。エリート証券会社の人妻に惚れた、テキ屋稼業のフーテンとの関係に簡単に置き換えられる。

やがて米倉は大原の元に戻って来て、寅は振られて一件落着。今度は寅は自主的に旅に出ていく。

今回は寅がマドンナに気を使いすぎてスコーンと弾ける場面がない。物語上、鹿児島へ行く理由は他人様の事情である訳だし、腫れ物を触るように接するのも仕方ないのだが・・・。

大原麗子も前回の離婚を決意した気丈な女性の方が、役者としてもやり甲斐があったのではないだろうか?