男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎
★★★

松竹/102分/1984年(昭59)8月4日公開 <第33作>    
原作    山田洋次    脚本    山田洋次 朝間義隆    監督    山田洋次
撮影    高羽哲夫    音楽    山本直純    美術    出川三男
共演-倍賞千恵子・下條正巳・三崎千恵子・前田吟・太宰久雄・笠智衆・吉岡秀隆
ゲスト-中原理恵、渡瀬恒彦、佐藤B作、秋野太作、美保純、加藤武、谷幹一
 

併映作品: 『ときめき海岸物語』監督:朝間義隆 出演:鶴見辰吾、富田靖子、伊藤康臣

動員数137万9000人/ロケ地:岩手県北上、盛岡、釧路、根室、札幌、函館
 

★「男はつらいよ」シリーズ第33作目。

今回の夢のシーンはマドンナの中原理恵とその相手役・渡瀬恒彦が登場している。東映出身の渡瀬に合わせてかギャング映画風の仕立てとなっているが、第30作「花も嵐も・・・」のジュリーの回と似通っていて、さらに殴り合いシーンもスタントを使ったり興ざめで、それほど面白くない。

メインタイトルの色だが、今までは「男」は赤色、「はつらいよ」は黄色、副題は白色が定番だったと思うが今回は異なっている。「男」が赤色で「むせぶ」が青色、その他が白色となっている。夢のシーン終わりが夜霧の埠頭で、夢から醒めると野焼きの煙で咳き込み「ゴホッゴホッ、むせちゃったよ」の寅のセリフでタイトルとなるので、それに引っ掛けて「むせぶ」が青色になっているようだ。

今回は今までのマンネリ化、パターン化した筋運びをかなり変化させようとしているように思える。ちなみに歌唱前の前口上は以前のパータンに戻されている。渥美の声質が少し変わったように思えるので新録音かもしれない。

タイトル終わると柴又のとらやとなり、今回は何といきなり太宰久雄演ずるタコ社長の娘が結納交わす話となっている。それまでタコ社長の家庭は何回か登場したが、それはまだ幼い子供の頃の話で、その娘がいきなり結婚するとは少し唐突では有る。

娘のあけみを演ずるのは美保純。静岡市出身でこの時24歳。高校中退後、静岡市内のデパート勤務の後、1980年に「ディスコ・クィーン・コンテスト」で優勝、その後上京して広告代理店でアルバイト中にスカウトされ、1981年にピンク映画『制服処女のいたみ』で主演デビューする。翌82年にはにっかつ映画『ピンクのカーテン』でブルーリボン新人賞を獲得した。「隣のお姉さん」的な親しみやすいキャラクターで、週刊誌のグラビアなどにも登場して人気を博し、デビューから約1年後には一般映画にも出演、最近ではNHK朝のテレビ小説「あまちゃん」にもレギュラー出演して活躍中だ。

話は横道にそれるが、私は美保のデビュー作「制服処女のいたみ」の撮影スタッフだった。美保の映画デビューの最初のカット、そのカメラスタートボタンを押したのは私だ。自慢にも何にもならない話ではあるが・・・。彼女は静岡出身だったので当時起きた静岡ガス爆発事件の事をスタッフと話したのを覚えている。

この美保が初登場するシーン、タコ社長の太宰久雄が少し痩せた風に見えた。そのためか首の皺が増えて加齢が目立つ。またさくら演ずる倍賞千恵子も、照明の加減か加齢が目立って見えた。実年齢は太宰61歳、倍賞43歳である。

物語は進み盛岡で売りをする寅。そこで偶然にかつての舎弟・登と出会う。演ずるのは秋野太作でこの時41歳、旧芸名は津坂匡章。東京市台東区で生まれ、日本大学法学部中退。 俳優座養成所第15期生で、俳優座時代、一時太地喜和子と結婚していたが短期間で離婚、その後元タカラジェンヌの女優温碧蓮と再婚している。

登は第10作「寅次郎夢枕」以来12年ぶりの登場。ただそれほど久しぶりに登場させた割には物語には深く絡んではこない。寅の渡世人としての立ち位置、心情を吐露させるためにわさわざ出してきたようだ。ちなみに登の奥さんは前回ゲスト出演したレオナルド熊の奥さんである中川加奈。

そして舞台は北海道へと移り、釧路で寅は今回のマドンナ、中原理恵演ずる風子と出会う。出会いの場所となった床屋の親父を演ずるのは人見明。東京都出身のこの時62歳。海軍兵役を経て、1946年「人見明とスイング・ボーイズ」を結成。音楽活動の傍ら、映画等で活躍する。特に東宝クレージー映画になくてはならない名脇役で、全30作中、人見は21作に出演。東北弁を多用し舞台を中心に活躍。

「男はつらいよ」シリーズでは「花も嵐も・・」「旅と女と・・」「口笛を吹く・・」 と今回の回に4本出演。4年後に製作された山田洋次監督作品「キネマの天地」にも出ている。今回の役はその持ち味がとても可笑しく印象に残った。

中原理恵は1958年生まれ、北海道函館市出身のこの時26歳。1978年、CBS・ソニーから発売されたデビューシングル「東京ららばい」が大ヒット。デビュー当時19歳だったが、大人っぽい曲調に合わせるためなのか、年齢を2歳上に偽っていた。年末には、第20回日本レコード大賞新人賞など数々の新人賞を受賞、NHK紅白歌合戦にも出場した。第二弾「ディスコ・レディー」もヒットとなる。1981年から1982年にかけて、フジテレビ系列「欽ドン!良い子悪い子普通の子」で「よし子」「わる子」「ふつ子」の三役を演じ、それまでのシリアスなイメージを打ち破る弾けたコメディエンヌぶりで人気が爆発。演技力、カンの良さ、トークの切れが高く評価されることになった。これを受け、市川崑監督のミステリー映画「幸福」に抜擢される。その後は、歌手・コメディエンヌ・女優とマルチに活躍、2000年のNHKドラマ「晴れ着、ここ一番」 を最後に引退し、現在はメンテナンス会社を立ち上げ、社長業をしてるようだ。

根無し草の風子のキャラ設定や、舞台が北海道中心になっているのは中原理恵自身の出自や彼女が持つ雰囲気とかなり合致しているように思える。私は今回この作品を初見で見たが、中原がこんなに演技できるとは思わなかった。同じ歌手でも失礼ながら都はるみとは天地の差。最後の寅と言い合いの喧嘩となる芝居場も、中原の演技の力量を分かった上での設定だと思う。

考えれば当時山田監督は脚本の構想を朝間義隆と練る段階で、マドンナやゲスト出演者はほぼ決定済みで、それに合わせてストーリーを構築していっただろうと思える。今より映画界は未だ時間的余裕があった。

その後意気投合した二人は旅を共にするわけだが、旅館のシーンで相部屋を頼まれる貧相なサラリーマンが転がり込んでくる。演ずるは佐藤B作で1949年生まれのこの時35歳。福島県福島市出身で早稲田大学商学部中退後、1973年劇団東京ヴォードヴィルショーを結成、現在も座長を務めている。2度の離婚を経て、1998年女優のあめくみちこと再婚した。芸名は元総理佐藤栄作から(A作に対抗してB作とした)。女性関係が非常に乱れていた時期があり、妻に「浮気相手のところに一週間だけ家出させてくれ」と頼んだ事があるとか。 2007年、検診で初期の胃がんと診断され、胃の3分の2を摘出したが無事に仕事復帰した。1991年の山田監督「息子」 でも主任役で出演している。

渥美清は演劇や映画を常日頃から見まくっており、当時流行りのアングラ演劇やテント芝居等も見ていたそうだ。唐十郎の新宿花園神社・紅テント公演にも出没。マスクで顔を隠していたようだが、その四角い顔と小さな目で劇団員は一発で渥美を見抜き、「大変だ!渥美清が観に来ている!」と上演前の舞台裏では大騒ぎだったらしい。多分今回の佐藤B作出演もそんな渥美の意向が働いたように思える。

佐藤B作の役は福田栄作と名付けられた、逃げられた女房を探しに来たサラリーマン。宿屋での渥美清とのやりとりは最高に可笑しい。寅は東京に住む英作が北海道に来た理由を推察する。

寅「・・・女房がお産で実家に帰ってんだろ。赤ん坊に会いに行くんだ、なっ」
栄作「ふふっ、そんな貧弱な想像しかできないんですか?」

その返答にびっくりして苦笑いする寅。
栄作「聞きたいんですか?」
寅「いや、面白い話なら聞いてもいいけど・・・」
栄作、上着を脱いで嬉々として経緯を話し出す。無理して家を買ったのだがローンが大変で女房がパートに出ることとなった。
栄作「・・・そしたら三週間目ですよ!男が出来て一緒に逃げちまった。・・娘には言えないし、会社に知られたら具合悪いしね、病気で実家帰ってんだって誤魔化してさぁ、へへへへっ」

寅もつられて笑う。
栄作「・・一年経っちゃった(しょげる)」

寅「・・・ほう」
栄作「ようやく居場所が分かったんでね、マア何とか、引き戻そうとね・・・このはるばると北海道までね、(と、突然に号泣しだす)ウエー、チキショウゥゥゥ・・」

寅「あーあ、嫌な話聞いちゃったナア」

さすがに舞台人、緩急自在なセリフのテンポも含めて最高に笑えた。
そして寅は風子と一緒に、英作の逃げた女房を見つけ出すが案の定、子供が出来ており再び号泣、英作は電車で一人去っていく。

そして舞台は根室へ。祭りの準備中のテキ屋仲間と合流する寅。バイク曲芸のスター、渡瀬演ずるトニーが紹介される。

渡瀬恒彦はこの時40歳。島根県能義郡出身で兄は俳優の渡哲也。早稲田大学在学中は空手道部に籍を置き、電通PRセンターに勤務した。兄の渡哲也は日活の青春スターとして地位を確立していた一方で、渡瀬は芸能界に興味がなく、入る意思はまったくなかったが、当時の東映社長の岡田茂に三顧の礼をもって口説き落とされ、1969年に東映と契約。1970年『殺し屋人別帳』の主役でデビュー。アクション映画やヤクザ映画の出演を経て、1979年、松竹映画『震える舌』『神様のくれた赤ん坊』でキネマ旬報主演男優賞受賞した。この間、1973年に女優・大原麗子と結婚したが、5年後の78年には離婚、翌79年に一般人女性と再婚している。

トニーは風子を気に入り自分のショーに誘うのだが風子は今ひとつの様子。そして寅に対して一緒に旅をしたいと懇願。しかし寅はそれを拒絶。真面目な男と所帯を持つのが女の一番の幸せだと諭す。別れ際に風子は寅に言う。

風子「・・・寅さんがもう少し若かったら・・・」
寅「・・えー?」
風子「わたし、寅さんと結婚するのに」
寅「・・・お、おまえ大人の事をからかっちゃいけねぇーよ」
笑って立ち去る寅。それを見つめる風子の眼差しは、それが彼女の本心だと物語っている。

そして話は柴又に戻ってあけみの結婚式当日。定石通りの「長い間お世話になりました」のお涙頂戴シーンの後、べぇーと舌ベラを出して参道を歩き「オシッコしたくなっちゃった」と呟く美保純は、映画の中でも自身の性格同様、自由奔放で見ていて爽快だ。

そして寅がとらやに帰ってくると栄作とバッタリ。風子の近況を知った寅は栄作が手助けをしなかった事に大して「根暗!」と罵り、英作は又号泣して去っていく。数日後、白いスーツに身を包んだトニーが寅を訪ねて来て、病に臥している風子と寅は再会。風子をとらやの二階に避難させる。

その後のシーン、本作の一番の見せ場、渥美清と渡瀬恒彦の、渡世人同士の二人が、乾ききった川の畔で対峙する。

寅「・・・要件は分かっているだろうな。」

トニー「・・ええ」
寅「ズバリ言わせてもらうぜ。手ぇー引いて貰いてぇんだ」

トニー、寅を睨む。
トニー「・・・女の事で人に指図、されたかねぇな」
通り過ぎる漁船。
寅「・・お互いに渡世人同士じゃねぇか。こっちの気持ちもわかるだろ」
トニー「・・・・」
寅「あの娘は苦労して育ったからな。・・・どこか無理している所がある。ヤクザな女に見えるけれども本当はそうじゃねぇ。まともな娘だ。所帯を持って子供を産んで、幸せになれる娘だ。・・・そう思わないかい?」
トニー「二十歳の若造じゃありませんからね、それぐらいの事は分かってますよ。だけどね、東京に付いて行くって言ったのはあの子の方なんですよ。」
寅「だからこうして頭を下げて、頼んでんじゃねぇか。・・・頼む、このとおりだ(頭を下げる)」
トニー「(笑って)アニさん」
寅「何だ」
トニー「見かけによらず純情ですね。じゃあごめんなさい」と立ち去る。

トニーは結局、風子から手を引くことを納得したのだろうか?この後のシーン、風子はトニーからの誘いに乗って、とらやを出て行ことする。呼び止める寅。

寅「あいつんとこだったら行く事ないよ。渡世人同士、俺が話し、つけたよ」
風子「寅さん!どうしてそんな頼まれもしない事するの。私とトニーの間のことでしょ。寅さんには関係ないのよ」
とらやの人達は風子を諭す。寅もあんな遊び人と話し合ったって仕方ないだろと風子に言う。
風子「・・・遊び人だったら、寅さんもそうでしょ」
寅「・・何ぃー」
風子「渡世人同士って、今自分で言ったじゃないかー」寅「なんて口聞くんだお前はー」
さくら「お兄ちゃんはトニーっていう人の気持ちが分かるからああ言ってるんだから、怒らないで、ねっ」
風子「・・・それはねトニーはだらしなくって、甘えん坊で、破れかぶれよ。そんな事分かってるわよ。でも私さえちゃんとしてれば、いつかはきっと変わってくれる。そう思って付き合ってたんだよ」
寅「ああ、そうかいそうかい(投げやりに)会いたいんだったら行ったらいいじゃん」
風子「そんな、そんな言い方って無いよ、寅さん。・・・・寅さんならなんでも分かってくれるって思ってたのよ。だから私、寅さんに助けてもらったんじゃないか」
寅「・・・だから好きなようにしろって言っただろ」
博「にいさん駄目だそんな言い方しちゃあ。それじゃあ彼女がかわいそうですよ」

結局風子は「さよなら、お世話になりました」と立ち去っていく。
博が呟く「こんな悲しい結末になるなんてな・・・」

さくらが二階に上がって一人佇む寅に言う。「・・幸せな恋もあれば、不幸せになる恋だって有るわけでしょ。不幸せになるのが分かっていながら、どうしようも無かったのね風子さんは・・・」
風子はトニーを追って幸せになるのだろうか?・・・。

しかしこの作品のエンディングは破綻する。夏が来て風子からさくら宛に届いた手紙、あれから風子は北海道に戻り、以前の仕事仲間と再会して今度結婚する事になったと綴られている。トニーとの事は一言も振られていないし、さくら達にもその事に言及させていない。これはオカシイ。風子が寅と喧嘩してとらやを飛び出した理由はトニーを追って一緒になりたかったのが理由のはず。その問題がどうなったか全く触れないのは観客を置き去りにさせる事になる。

一家総出で根室に到着するさくらたち。風子の結婚式に出席するためだ。式場前で出迎える人達には谷幹一や加藤武などの演技達者が出ているが見せ場はない。風子の相手はとっぽい軟弱男。いくら何でもこんな男が結婚相手とは・・・。今までの風子の人物造形から考えても観客は納得出来ないはずだ。やがてクマに追われた寅も到着して風子と再会。この二人だけのシーンで、トニーとの事に言及するセリフが一言でもあれば未だ納得できたのだが・・・。ラストは珍しいヘリコショットで北海道の壮大な景色で「終」となる。

この回は、舎弟の登まで再登場させて「渡世人」の侘びしさ気まぐれ孤独等をテーマにしたはずだが、最後の詰めが甘く、テーマは拡散してしまった。しかし中原理恵や佐藤B作のはじけた演技が見所ではある。

 

余談だがラストにワンシーンのみ出ている加藤武。

私はもう30年以上前になると思うが、新宿歌舞伎町で遭遇したことがある。

日中に友達と会い飲むことになったのだが、当時昼間っから空いている飲み屋は「養老乃瀧」ぐらいしかなかった。入店すると10人くらいのグループが一組、騒ぎながら飲んでいた。

よく見ると俳優の加藤武が居る。どうも結婚式の二次会らしく、加藤が属していた劇団のスタッフ同士が新婚のようだ。加藤が幹事らしく場の進行役をしていた。

迷惑するほどの五月蝿さではなかったのだが。会がお開きになると加藤武自身が、店内にいたお客一人ひとりに「お騒がせしました」と、頭を下げ回っていた。

黒澤映画にも出演する大俳優が、劇団員のスタッフの祝いの会に出席するんだと、改めて庶民的な姿勢の加藤武に好感を持ったのを覚えている。