男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎
★★★★

松竹/105分/1983年(昭58)12月28日公開 <第32作>    
原作    山田洋次    脚本    山田洋次 朝間義隆    監督    山田洋次
撮影    高羽哲夫    音楽    山本直純    美術    出川三男
共演-倍賞千恵子・下條正巳・三崎千恵子・前田吟・太宰久雄・笠智衆・吉岡秀隆
ゲスト-竹下景子、松村達雄、中井貴一、杉田かおる、レオナルド熊、石倉三郎
 

併映作品: 『喜劇 家族同盟』監督:前田陽一 出演:中村雅俊、中原理恵、有島一郎、ミヤコ蝶々、川谷拓三/動員数148万9000人/ロケ地:岡山県高梁、因島
 

★「男はつらいよ」シリーズ第32作目。

今回の夢のシーンは寅がとらやを懐かしむ設定。照明の色で区別している技術はとても手が込んでいる。夢の中で帰ってくる寅をレオナルド熊が演じている。夢が醒めた後にも再びレオナルドが出て来る。こういう繋がりは珍しい。

レオナルド熊はこの時48歳。北海道の地元高校を中退し役者を志して単身上京。しかしなかなか芽が出ず、十余年ドサ回りする。浅草に定着してストリップ劇場で幕間コントをこなしたが、1973年には結核が悪化して5年間の入院生活を強いられ、妻にも逃げられたため生活保護を受けていた。
1981年に石倉三郎と『コント・レオナルド』(二代目)を結成、漫才ブームの中で人気を不動のものにする。1994年10月に末期の膀胱がんと診断され、2ヶ月後に逝去、59歳だった。
多分浅草時代から渥美清とは親交があったのではないだろうか?また両人とも結核仲間でもある。さらに熊の最後の妻は元女優の中川加奈で、1969年公開の渥美清主演「でっかいでっかい野郎」で渥美をふって別の男と駆け落ちする役を演じている。翌年公開の「喜劇 男は愛嬌」でも共演、次作の「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」 にも出演している。

今回のタイトルバックの主題歌、前口上の部分がそれまでとは変わっている。
「大道三間 軒下三寸 借り受けましての渡世 わたくし、野中の一本杉でござんす」続く歌唱部分の歌詞は変わらず。また歌のバックはいつもの葛飾・江戸川の風景ではなく、熊と一緒にアベック絡みの寸劇となっている。

タイトル終わって柴又のとらやに電話がかかってくる。相手は備中高梁に居る寅。博の父親の墓参りをしようとさくらに寺の名前を聞いている。博の父親は勿論志村喬で、映画公開の前年、1982年に肺気腫による肺性心で76歳で死去している。現実の死と、映画内の架空の役の死がリンクしている。

寅は墓前に線香を焚き、ウヰスキーをやりながら語りかける。「先生、しばらくだなあ。俺だよ、寅だ。覚えてるか?」実際の志村喬の墓参りをしている錯覚に陥ってしまった。その帰り道、松村達雄の和尚とその娘、出戻りの竹下景子と出会う。

マドンナ役の竹下景子はこの時30歳。高校1年生の時、私も聞いていたラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』のイベントで、パーソナリティーの天野鎮雄にNHKの『中学生群像』(『中学生日記』の前身)を紹介され、ドラマデビューを果たす。1975年、黒木和雄監督の『祭りの準備』に新人で主演した江藤潤の恋人役として出演、ヌードを披露する。1976年10月から「クイズダービー」のレギュラー回答者として出演。1977年政治家・荒船清十郎が雑誌の企画で対談し、「息子の嫁さんにしたい」と言ったことから「お嫁さんにしたい女優No.1」と言われ、人気が沸騰する。この映画の公開翌年、15歳年上の写真家と結婚、2男をもうけた。『男はつらいよ』シリーズに唯一人、別々の役で三度マドンナに起用されている。

松村達雄はこの時69歳。プログラムピクチャーや数々のドラマのバイプレイヤーとして活躍。山田洋次作品には『馬鹿が戦車でやってくる』(64年)、『なつかしい風来坊』(66年)から出演。男はつらいよシリーズ第6作『純情篇』で山下医師を好演、森川信の急逝により第9作『柴又慕情』から第13作『寅次郎恋やつれ』まで二代目おいちゃん役。その後、第23作『翔んでる寅次郎』の仲人、第26作『寅次郎かもめ歌』の林先生、本作以降も第35作『寅次郎恋愛塾』の大学教授、第39作『寅次郎物語』の医者役でシリーズを支えた。1993年に公開された黒澤明監督の遺作『まあだだよ』では、主役の内田百間を演じた。2005年没。

竹下の弟役の中井貴一はこの時22歳。父は俳優の佐田啓二で、小津安二郎監督により「貴一」と名付けられた。3歳の誕生日を目前にして交通事故で父を亡くす。父の17回忌の法要の際にスカウトされて東宝映画『連合艦隊』でデビュー。同作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。 後に出演したラジオ番組で中井は、「映画デビューに際して松竹の幹部に呼び出されたことがある」と語っている。それは、「佐田啓二という同社史に残る看板スターの息子であるにもかかわらず、中井を松竹からデビューさせることができなかった」ことに対する謝辞であったという。TBS「ふぞろいの林檎たち」(83年)はドラマの代表作となり、NHK大河ドラマ「武田信玄」で主役を演じ、テレビ、映画、舞台で活躍中。

中井の恋人役の杉田かおるはこの時19歳。7歳の時に日本テレビドラマ『パパと呼ばないで』に出演し、天才子役と言われる。その後TBS「3年B組金八先生」、NTV「池中玄太80キロ」、映画『青春の門』、『同 自立篇』などに出演。ドラマ、映画の他、近年は汚れキャラとしてテレビバラエティでも活躍中。

お寺に一晩世話になった寅、急遽松村のピンチヒッターとして法事を担当する事になる。長門勇らじっちゃんばっちゃんの前で、いつもの売りの口上宜しく一同を感心させてしまうシーンは最高だ。久々の「喜劇」の真髄を堪能できる。

今回の肝のシーンはやはり風呂場での三人の会話だろう。松村が入る湯船に薪をくべる竹下演ずる朋子。そこに寅が現れる。松村和尚は寅に気づかず話しだす。

和尚「・・・お前な、そろそろどこぞへ嫁にいったらどおない?」
朋子「は?、お父さんこそどうするん? 私が居らんようになったら」
和尚「わしは寅さんと二人でのんびりやっていくわい」
寅「ヘヘへ」
和尚「それともお前、寅さんを婿養子にでももらうかい? お~?」
朋子、寅を見て動揺。薪を掴む金属棒を下に落としてしまう。
朋子「お父さんそげなこと・・・」
和尚「いつかお前言うとったろ、今度結婚するならもうインテリはこりごりじゃ言うて。いっそっ、寅さんみたいな人がええ言うて」
朋子、緊張でガチガチの寅を見て、逃げるように母屋へ走り去る。

気配を察した松村が窓を開けてみると、寅が居た。
「あっ!」「あっ!」
吃驚する二人。
寅「・・お背中でもお流ししましょうか?」
和尚「あっ、いや、結構でございます・・」

映画史を振り返れば、似たような設定の映画はたくさんあったはずだが、松村と竹下、渥美のそれぞれの演者の呼吸と小気味よいモンタージュなどが相まって面白可笑しくハラハラドキドキの名シーンとなっている。

この後、寅は柴又に戻り今後の身の振り方を相談する。
「実は俺、余生を仏に仕えて過ごしたいと考えているんだが・・・」とらやの人達はまた始まったよ~・・・。
その後中井貴一と杉田かおるの一波乱後の結ばれるシークエンスがあってクライマックス、竹下が一人でとらやを訪ねに来る。とらやの居間で歴代マドンナと同じような歓談の時間があり、寅と竹下の二人っきりの時間が現出する。明らかに竹下は、寅の自分に対する真意を聞きたがっている。

朋子「私そろそろ帰らんと・・・」
寅「も、もうそんな時間?」
朋子「5時の新幹線乗らんと今日中に帰れんの。もう4時でしょう」
寅「まだなんにも話しちゃいないような気がするけども」
朋子「私もそうなの」
寅にだけ聞こえるように告げる。緊張した顔で下を向く寅。
朋子「ね、・・・柴又の駅まで送ってって」

ここまで寅に対して積極的なマドンナは初めてだ。
そして柴又駅のホーム。走りこんで土産を竹下に渡す寅。さくらは察して横を向いている。

朋子、寅の袖を掴む。
朋子「ねえ、寅さん・・、ごめんなさい・・」
寅「え、・・何、何が?」
朋子「いつかの晩のお風呂場のこと・・」
竹下は寅の真意を聞きたいのだ。

朋子「あの3日ほど前の晩に父がね、突然、今度結婚するんやったらどげな人がええかって聞いたの。それでね、フフ・・(真剣な顔つきに成り)、それで・・・私・・・」
寅「寅ちゃんみたいな人が良いって言っちゃったんでしょ」
朋子、寅の言葉に驚き、頷く。
寅「和尚さん、笑ってたろう、ふふっ」
朋子、悲壮感溢れる表情。
寅「俺だって笑っちゃうよ、はははっ」
竹下の真剣な思いを冗談で返すしか出来ない寅。

朋子「私、・・あの晩父さんの言うたことが、寅さんの負担になって、それでいなくなってしもうたんじゃないか思うて、そのことをお詫びしに来たの」
寅「オレがそんなこと本気にするわけねえじゃねえか、ふふ」
朋子「・・・」
朋子「そう・・・、じゃあ、私の錯覚・・・」
寅「安心したか。ん?、ふふふっ」

やがで電車が到着、それに乗って去っていく竹下。竹下は一瞬でも寅との結婚を夢見ていたはずだ。見送るしかない寅の背中が淋しい。

さくらが寅に聞く。
さくら「お兄ちゃんと朋子さんの間に一体何があったの? 教えて」
寅は答える。
寅「そんなことおまえに教えられるかい。それは大人の男と女の秘密ですよ」

ここのところが個人的には弱いと思った。あまりにも寅はあっさりし過ぎている。松坂慶子と別れた後の寅の恨みつらみのセリフ。いしだあゆみと別れた後の満男に見られた落涙。それらと比べると寅はほとんど竹下との別れに対して気落ちしていない、心情的には落ち込んでいてもさくらには空元気で対応するのは分かる。だが観客にだけは寅の絶望の心情を見せて欲しかった。脚本的にも演出的にも、もう一捻り、欲しかった。

そしてエンディング、あき竹城と再婚したレオナルド熊と再び出会って、「終」となる。

今回は新趣向というか寅が偽坊主に扮したりして面白かったのだが、若い中井と杉田の話がなくても良いように思えた。その分、もう少し寅と竹下の関係を厚くして、丁寧に描いて欲しかった。例えば竹下にぞっこんの男が現れて寅とライバル関係になるとか・・・。まっ、言うは易し行うは難し、ではあるのだが・・・。