男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け
★★★★★

松竹/90分/1976年(昭51)7月24日公開 <第17作>    
原作    山田洋次    脚本    山田洋次 朝間義隆    監督    山田洋次
撮影    高羽哲夫    音楽    山本直純    美術    出川三男
共演-倍賞千恵子・下條正巳・三崎千恵子・前田吟・太宰久雄・笠智衆
ゲスト-太地喜和子・宇野重吉・岡田嘉子・桜井センリ・大滝秀治・寺尾聡・榊原るみ


併映『忍術 猿飛佐助』監督:山根成之 出演:財津一郎、松坂慶子
動員数168万5千人/ロケ地・兵庫県龍野

キネマ旬報BEST10第2位/同・助演女優賞/太地喜和子
第31回毎日映画コンクール・日本映画優秀賞
第19回ブルーリボン賞BEST10ランク
第1回報知映画賞・助演女優賞/太地喜和子
第5回文化庁優秀映画

 

★「男はつらいよ」シリーズ第17作目。
キネマ旬報第二位の傑作。脚本撮影演出演技の全てが調和して見事な映画となっている。

この回はタイトルバックの音楽が新録音となって、新たに二番の歌詞が追加されている。

♪「あてもないのにあるような素振り それじゃあ行きぜと風の中
  止めにくるかと後振り返りゃあ 誰も来ないで汽車が来る
  男の人生一人旅 泣くな嘆くな 泣くな嘆くな 影法師 影法師」♪

いつもの通り柴又に帰ってくる寅から映画は始まる。今日はさくらの子供・満男の入学式。教室で先生から「あら、きみ寅さんの甥子さんね」と指摘されたら大笑いになったとさくらが嘆く。寅はそのことに憤慨、タコ社長も絡みつかみ合いの喧嘩となる。おいちゃんが寅を諭す。
「しかし寅、落ち着いて考えてみろ。皆が笑うって事はだよ、今までお前が笑われるような事をしてきたからなんだ。だから悪いのはお前だ。」
確かに寅は人から笑われるように生き方をしてきた。人に迷惑もかけてきた。しかしそうではない面、人々が忘れてしまった純粋さや一途さ、そんな寅の良い面がこの回では小気味よく感動的に描かれていく。

怒った寅は焼き鳥屋で無銭飲食を疑われた老人を拾う。

宇野重吉は飄々とて軽やかにこの老人を演じている。とらやを旅館と思って一泊したその態度にとらやの人々は非難轟々。寅はみんなに頭を下げて謝って、
「・・・しかしなぁおいちゃん、あの爺さんの立場にもなってみろよ。どうせ貧しい借家住まいだよ。倅と嫁と孫が二、三人。こんな狭っ苦しいとこで暮らしてたんじゃあ年寄りは肩身の狭い思いをするぜ。・・・夜中にフット目が覚める。隣の部屋で倅夫婦の寝物語、そら聞きたくなくても耳に聞こえて来ちゃうもの。・・・・(声色変えて)ねぇ、パパ、あたし今日友だちと会ったの。羨ましかったわぁ、お姑さん死んだんだってえ。ウチのお爺ちゃんいつまで生きてるのかしらイヤンなっちゃう。・・・(声色変えて)でもなーママ、そんな事言ったってお前、脳溢血になってようようになってオシメとかになっていつまでも垂れ流しになったら却って困っちゃうじゃないか・・・・そらそうねぇ、ウチのお爺ちゃんもポックリ死ぬとは限らないし・・・ハァーァー・・パパ、寝ましょうか、うんそうしよう、スタンド消して、うん、プチュウ。・・・・・これは地獄ですよ年寄りとって・・・」


このシリーズで随所に出てくる渥美清の一人語り。ここでは夫婦の会話をそれぞれ声色真似て喋るのが最高におかしい。そして寅はみんなに言う。
「マア、昨夜は良い功徳をしてやったって事になる訳だ。あの爺ちゃんもどっかで感謝してるよ」入学式で大笑いされた寅が、ここでは嫌われた爺さんの身になってみんなを諭すのが面白い。

翌朝爺さんはとらやを宿屋と勘違いしていた事に気付き、紙と筆で一筆描き上げる。その絵が神田の古本屋で7万円で買い取られ、爺さんが日本絵画の大家である事が判明。当時の7万は今の20万くらいだろうか。その後またタコ社長と喧嘩となり旅に出る寅。すぐにその爺さんと再会、大先生の連れとして芸者をあげてのドンチャン騒ぎ。
今回のマドンナ・太地喜和子はその芸者ぼたんの役。実際の性格とドンピシャであろう役柄を得てのびのびと太地は演じている。寅との仲も冗談言い合いながら絶好調だ。

そして宇野重吉と岡田嘉子の情感溢れるしっとりとしたシーンが描かれる。ここのお手伝い役で榊原るみがノンクレジットで出演しているが、どういう経緯で出演となったのだろう? マドンナ役を演じた女優が再び出演しているのはこの回と第46作「寅次郎の縁談」に出た光本幸子のみだ。

舞台は再び東京・柴又へ。太地が柴又の寅を訪ねて来るが目的は詐欺まがいに騙し取られた200万を取り返すこと。タコ社長も協力して「無一文」とされる悪人・佐野浅夫に言い寄る。ここの佐野は厚顔無恥でふてぶてしく横っ面をひっぱたくなる。結局お金を取り戻せず帰ってくるタコ社長とぼたん。憤慨した寅がさくらに「この先警察が俺を訪ねてくるだろうが兄とは縁を切っていますと言うんだぞ」と伝える。

立ち上がった寅においちゃんが言う。「寅、どこへ行くんだ」「決まってるじゃないか、ぼたんを非道い目に遭わせた男の所だ。野郎、二度と表歩けないようにしてやる。裁判所が向こうの肩持つんだったら、俺が代わりにやっつけてやる!・・・ぼたん、きっと仇は取ってやるからな。・・・あばよ」

理不尽な事態に対して寅は馬鹿正直に正義を通そうとする。寅は勇ましく出て行くが実は悪人・佐野の居場所を知らないというオチ。ぼたんはそれを聞いて泣いている。
「・・・さくらさん、あたし、幸せよ。今とっても幸せ。もう200万円何かいらん。わたし、生まれて初めてや、男の人にあんな気持ち聞いたん。さくらさん、あたし、うれしいー」
太地の名演と共に、寅の筋の通った正義心に感動する。

それに続くシーンもまた素晴らしい。寅は宇野重吉を訪ね、ぼたのためにサラサラっと絵を書いてくれと頼む。しかし宇野は仕事として絵を書いているのだからと断る。寅は怒る。
「これだけは言っとくけどなー、初めて上野の焼き鳥屋で会った時に、こんな大金持ちだとは分からなかったよ。フン、いずれ身寄りのない宿なしの爺さんだと思って可哀想だと思って一晩止めてやろうと思って俺んちに連れてったんじゃないか。もしあのまんま気に入ってずっと居たいと言うんだったら、多少迷惑は辛抱しても、一ヶ月でも二ヶ月でも泊めてやっても良いと俺は思ったんだ。本当にそう思ったんだよ。それを何だょー、働き者の芸者が大事に貯めた金、騙し取られて、悲しい思いしてるってのに、てめぇこれっぽっちも同情してねえじゃないか。てめぇーみたいな奴、こっちから付き合い断わらーい。・・二度とてめぇーの面なんか見たかねぇよー。邪魔したなーこのやろー」

貧者だろうが賢者だろうが困ったときはお互い助け合い、手を差し伸べるのが人間なんだと「大馬鹿者」の寅のセリフ、渥美清の名演に涙する。

エンディング、とらやに宇野が訪ねてくる。寅が留守と知ると、去る宇野をさくらが見送る。江戸川はこっちですか、いやあっちですの台詞のやり取りがある。小津の「東京物語」を想起させる。

そして再びぼたんを訪ねる寅。ぼたんは寅の腕を取り宇野から送られた絵を見せる。
「・・・でねあたし市長さんにこの絵を見せたの。そしたら市長さんもビックリしはって200万出すからこの絵を譲ってくれと言わはったん。けどわたし、譲らへん。絶対譲らへん。一千万円積まれたって譲らへん。一生の宝ものにするんや・・・」

寅は外に飛び出し東京の方角をぼたんに聞く。こっちやろか、ちょっと待ってえ、こっちや、あっ違う違う。どっちなんだ早くしろよ。寅は手を合わせて「・・・先生、勘弁してくれよ。俺がいつか言った事は悪かった。水に流してくれ。このとおりだ。(頭下げる)先生、ありがとう。ホントにありがとう。」

練られた脚本、それを支える技術スタッフ、そして役者陣。
「男はつらいよ」をマンネリの極致と酷評する人々も多かったが、この作品はシリーズのひとつの到達点だろう。人を信頼し助け合いエールを送る人生こそ素晴らしいことなんだと再確認させてくれる映画の一つだ。