「あーなったらいいなー」って、ぐりぐりマルで囲んでいた状態が叶った時って、
案外それが「ふつー」になってることが多い。
「やったー叶ったー、ワーイ!!」って花火を打ち上げる気持ちよりも
「その件はOKか。じゃそっから次はどうしようか」って風に
今やってることの一連の流れとして捉えていることが多い。
もちろん、「やったー!!」って打ちあげてることもあるけど。
グリグリやってマルで囲む、なんらかのフレームで囲むこと、
あるいは、囲まれた中身を見上げるように捉えていたことが、
気がついたら、フレームはなくなっていて、
見上げていたものが、今と同じラインに並んでいる。
特別感がなくなっていて、それが当たり前になっている。
特別感は続いていても、「そびえる山」ぐらいの大きさに思っていたのが、
「まぁまぁ高い丘」ぐらいの大きさになっていたりする。
でも、例えば少し前、3か月前とか、半年前とか、1年、3年、10年前とかから今の自分を見てみると
「あれ?これってあの時こうなりたいって思ってた状態じゃん!」てことに気づくことがある。
というわけで、過去の自分にとって「トクベツ!」だったことが、今の自分にとっては「フツー」になっていることを取り出して、
「よかったね、おめでとう!」と祝ってあげることを最近時々やっている。
今の場所から→過去の場所を見たり
過去の場所から→今の場所を見たり
その行ったり来たり出来る自分の視点を「タイムマシーンみたいだな」と思ったりする。
今の私の状態を、「うらやましいな」と見上げている過去の自分もいれば
今の私の状態を、「あの時、あのことであんなに心配してたんだよねー」と労っている、
ちょっと未来の自分もたぶんいる。
逆に、今の状態の私を「あの時は楽しかったのに、今はしんどいよぉ・・」と
うらやましがる未来の自分がいるだろうことも、今の自分は知っている。
そう考えると、大事なのは「何かを叶えること」ではなくて
「いろんな自分と連絡を取り合えることを知ってるよ」ってことなのかも知れない。
