オールを取り戻すまでの話 9 | 勤続38年 ベテラン管理栄養士が提供する「病院勤めのストレスが消えて、生きててよかった!で満たされる」コーチング広場

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ずっとずっと頑張っているのに「なぜか、うまくいかない!」「何か違うかも?」「私の何がいけないの?」と迷子になっていませんか。「誰か私を助けて!」「正解はどこにあるの?」と右往左往しているのなら、私と一緒に探し出しましょう。あなたの本当の人生を!

毎週日曜日は

オールを取り戻すまでの話を

書いています。

 

 

前回の話はこちらから

 

オールを取り戻すまでの話 8

「人生脚本」の補足2 の巻

 

 

 

第1話はこちらから

 

オールを取り戻すまでの話 1

 
 
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自分の事を

「私は無力」と認識していた私は

小学生になってから・・・

O先生に認めてもらう事を

拠り所にしてしまいました。

 

 

 

小さい頃は純粋に

命を守ってもらう為に、母親に・・・

そして、その次には

アイデンティティーを守る為に、

O先生に・・・

 

 

 

自分のオールを

手渡してしまっていました。

 

 

 

 

 

そんな私は

小学校を卒業します。

そして、中学校に入学しました。

 

 

 

お見せする写真は・・・

かなり衝撃的なものです!

これが小学校を卒業したての

12歳の女の子ですか!?!?!?

滝汗滝汗滝汗

ポーンポーンポーン

笑い泣き笑い泣き笑い泣き

チーンチーンチーン

ゲッソリゲッソリゲッソリ

 

 

 

 

 

と、驚いて下さいね~(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっひゃ~~~~~~~!

どっひゃ~~~~~~~!

何故にこの服を選んだの、私?

 

 

 

こんな12歳・・・

 

 

 

ないわ~~~~~!

 

 

 

笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

 

 

 

顔と足元を隠したら・・・

まるで中年のおばちゃんですがな!

 

 

 

それほど・・・老けていたんです。

私。。。

 

 

 

小学6年生の時に服を買いに行って

「大学生ですか?」

と、言われていましたあせるあせるあせる

 

 

 

肌は当時の方が

ツヤツヤのピカピカだったでしょうけど

今の55歳の私の方が

きっと・・・若い!!!!!!

(それは、言い過ぎかしら?)

 

 

 

まぁ、どっちにしても

笑ける~笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

 

 

 

そこで・・・昨日の、この記事

「人生脚本」の補足2 の巻

 

 

 

当時の私は

早く大人になりたくて

仕方がありませんでした。

 

 

 

というか・・・

子供のままではあかん!

と、思っていました。

早く大人にならなければ!

 

 

 

 

 

物心ついた私は

同年代の友達がいませんでした。

 

 

 

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あっちママに連れられて

大人の中で生きていた私。

小さい頃から大人の中でしか

生き場所をみつけられませんでした。

 

 

 

合奏団に入ってからは

少し世界がかわりましたが・・・

そこもある意味、かなり偏った世界。

 

 

 

幼い小学生が・・・

同い年同士で遊ぶような世界を

知らずに成長していきます。

 

 

 

 

 

よく妄想してました。

 

大人になったら・・・

もっと楽しい世界があるんだろうな~

もっと刺激的でワクワクする事が

一杯、一杯あるんだろうな~

早く、大人になりたい!

早く、大人になりたい!

 

 

 

しかも私の家庭構成者は、

しっかり者の姉さん女房の母親。

天然我儘ボーイの年下亭主の父親。

 

 

 

家庭の内外の対応は、

全て母親があたっていました。

頼りにならない父親。。。

私が早く大人になって、

母親をサポートしなければ!

とも、感じていました。

 

 

 

子供であっては

いけなかったんです。

 

 

 

というか・・・

子供であるな!

というメッセージを

無意識に

受け取っていました。

 

 

 

そんなメッセージを与えていた事・・・

母親は全く、思いもしてなかった

と、思います。

母は母で、精一杯生きていたんだと

そう、思います。

 

 

 

 

 

私が小学校高学年の頃。

母親は、近くの中学生を集めて

英語の塾を始めました。

 

 

 

家計を助ける為にです。

母親は、お金を稼ぐために

自分が出来ることを探した。。。

その結果、自宅を開放して

英語塾を始めたんでしょうね。。。

 

 

 

父親がこの事をどう感じていたのか?

父親が他界してしまってる今、

私には知る由もありません。

 

 

 

 

 

禁止令の

近寄るな!

欲しがるな!

については、又別の機会にでも・・・( ´艸`)

 

 

 

そんな私の中学生時代は

ある一つのビッグイベント以外は

ほぼほぼ・・・死んでたような毎日でした。

 

 

 

合奏団からも卒業して

何一つ、やりたいことがみつからない!

そんな毎日でした。

 

 

 

だって・・・

オールは母親とO先生に

手渡しっぱなしで・・・

取り戻せてなかったんですもん。

 

 

 

てか・・・

手渡していて、自分の手元にない事を

知らなかったんですよ・・・(´∀`*)ウフフ

 

 

 

やりたい事、みつけられないのも

ある意味、当然ですよね~

人生の主体が、

自分ではなかったんですから。。。

 

 

 

誰かの引いたレールに乗っかるか

誰かの許可が無いと動けなかった

そんな毎日でした。

 

 

 

そんな状態のまま

私は中学3年生になっていました。

 

 

 

 

 

やっと小学生時代が終わりました。

中学生時代のビッグイベントは

こちらから。。。

オールを取り戻すまでの話 10