「頑張れば小学校に上がる頃には、みんなに追いつきますか」


これが知的障害等のお子さんをもった親御さんの気持ちなんだろうか。


振り返れば父も元養護学校の教員だったし、
幼少期から私生活でいわゆる障害を持った(としかいいようがないが)人と
接する機会があった。


ただそれはあくまでも1つの性格なんだ、
と父に言われていたことをこのブログを書いてるときに思い出したけど。


「彼らは本当にすごい。何かに秀でている。
 その何かを引き出すのが教員なんだ」

的なことを子どもの俺に熱心にしゃべっていたのだから、
熱心な教員だったのかもな、と今は思うところ。


実際小学生でも高校生の数学をスラスラ解いちゃう子もいたり、
パズルとかものすごく得意だとか、繊細な絵を描いたり、
2Dの世界が3Dに見えたり、音に関して不思議な感覚を持っていたりと、
いろんな世界があるらしい。


校長との面接の際、

「今までの経験は、これからはノンバーバルコミュニケーションの1つとして
 活かせてもらえれば」

と言われたけど、

今日から始まった学校は、
実際に言葉を使わないコミュニケーションが多かったと思う。


着替え、
身体測定、
絵本の読み聞かせ、
パズル、
歌・ダンス、
食事・トイレの介助、
料理・裁縫・絵画等のクラブ、
が主な1日の内容。


ただコミュニケーションは手を取り合うものだと思っていた自分は、
本当は家族ですら手をすなぐのが嫌な子に対して手をつなごうとしていました。

放課後個人ファイルをみてその事実を知ったとき、
本当に個々に合わせた対応が必要なんだなと今更ながら実感し、
もしかしたらものすごく怖い思いをさせたのではないかと後悔しました。


それとともに、
抱きついて離れない子、
トイレに俺を拉致し続ける子、
ずっと顔を見ながらにこにこしてる子との出会いがありました。

その子達を迎えに来る親御さんとも会いました。
先生と食事のさせ方やトイレの改善方法等相談してました。


そんな光景だった初日。


$5udaのブログ-初日
帰り際にみた街と電車の光


2013.1.16
今日代々木で、電車にのってきたおばあちゃんに席を譲りました。

「東京までだから大丈夫よ」

と言うのだけれども山手で20分はかかるんだし
両手に重そうな荷物を持っていたので、
半ば無理やりに座ってもらいました。

嬉しそうに座ってたから、
まぁ無理やりでもよかったのかなと一安心。


自分が降りるタイミングを見計らっていたのか、
もじもじちらちらしてて、

「ありがとう」

と降りる際にっこり言われたとき、

感謝を述べるタイミングを計ったり、
本当は座りたいのに遠慮する謙虚な姿に、
なんだかあぁ日本に帰ってきたんだな、
とふいに思わせてくれました。



ところで、明日から特別支援学校での勤務が始まります。

5年生を担当することに。


まだ名前も知らない子たちだけれども、
新しい何かを教えてくれるんだと思うと、
彼らと出会えることに感謝の気持ちがふつふつと。
気持ち悪いぐらいに一人でにやけてしまいました。


『感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく』 
と松下幸之助は言ってたそうですが、
いいおばあちゃんに会ってよかったなと思った1日でした。


こんな1日は毎日続かないんだろうから、
こんな1日を大切にできたらなと思いました。


$5udaのブログ-感謝する
雪降る多摩川


2013.1.15
ロゴスはパトスから生まれた。


「拾い集める」が語源のロゴスは、
言葉だとか、論理だとか、秩序だとか、理性という名に姿をかえ、
論理を構成する用語として成り立ち高い価値が置かれ、
言葉や理性による哲学が発達したんだとか。

「受難(不幸や苦しみ)」が語源のパトスは、
身体の苦痛を通じてもたらされるものであり、
外界の刺激が内面の心の動揺を生むものとして考えられている。


知性の原理はロゴスであって、
感情の原理はパトスであると考えられるそうだけど、

ロゴスはパトスから生まれたんじゃないだろうか。


大なり小なりパトスは日々自分たちを刺激し、
ロゴスはそのパトスによって動き始めるものなのかもしれないな。


大きければ大きく深いパトスは、
より強固なロゴスを創っていくのかもしれない。



ただマークトゥエインの
『人間とは何か』
に登場する青年に言わせてみれば、
人間は決して外界の刺激のみに反応する存在じゃなくて、
人間そのものが主体性のある存在なのだから、
老人のいう反射しかできない機械のような存在ではないんだとか。


だったら、
パトスもロゴスから生まれているのかもしれないな。


今年は、どんなパトスが目の前に現れるんだろう。


$5udaのブログ-ロゴスとパトス
ロゴスとパトスが混じる街


2013.1.14
どこかの国では年齢を聞いたときに、
春が何回訪れたのかを数えて答えるんだとか。

どこの国かは知らないけど、
そんな年の取り方だったらいいのにな。


自分だったら何を数えて年齢とするんだろう。

人に言えないような失態の数を年齢にするのもよし。
人に胸を張って言えるような成功の数にするのもよし。

自分なりの年の取り方があるんだったら、
自分なりの節目をそこに刻んでいけるのだろうか。

その数だけ年齢を重ねていけるのだったら、
時計の時間では決して計れない経験の時間が刻んでいけるんだろう。



ある友人は1日がリンゴだったらいいのに、と言っていた。

リンゴを食べる1日なのか、
リンゴを眺める1日なのか。


どちらでもいいけど、
リンゴがあること自体知らないという1日は過ごしたくないな。


$5udaのブログ-age
遠方の父母から贈られた誕生日プレゼント


2013.1.13
「敬遠は一度覚えるとクセになりそうで」


監督の指示を無視してライバル新田と真っ向勝負をした結果、
ホームランを打たれるタッチャン。


何故勝負した、と監督に問われた際の台詞。


怠け癖がとれない自分には、
もはや理想のかたまりでしかないんだけど、
新しく年もはじまったことなんだし、
こういう気持ちにたまにはなってみよう。

これから毎年毎年、踏ん張ってみようって思うわけではないんだろうから。


$5udaのブログ-タッチ
勝負する顔


2013.1.12
一人一人の苦しみだとか、喜びだとか、希望だとか、絶望とかが、
いろんな場面で響きあい、共鳴していた。




それぞれが自分の音を持っていて、
そこにある音は常に変わり続けるのだから、
場面ごとに異なるシンフォニーを奏でていた。




時にその音は消えてしまうのだけれども、
彼らの音は革命には欠かせない旋律となっていた。


と同時に、
消えてしまったように思えた音も、
誰かが音を出すたびに、
呼応するかのように蘇り、
音は響きあいの中で生き続けていた。



「寒さにふるえた者ほど、太陽の暖かさを感じる。
 人生の悩みをくぐった者ほど、生命の尊さを知る」
とは、米のホイットマンの詩の一節なんだとか。


彼は命の鼓動を、どのように感じたんだろうか。
死して尚続く命の、その躍動感は新しい音となって、
これからも様々な音と呼吸を合わせるように響き合っていくんだろう。


$5udaのブログ-レミゼ
新しい景色 新しい音


2013.1.11

この日でケニアが空っぽになりました。




いつもみていたボンドニの風景、


聞いていたカンバ族の言葉、


嗅いでいたマンダジの匂い、


触れていた砂、


嗜んでいたタスカービール。






そんな世界から、


ふと我に返ると都市ビルのそびえ立つ日本に。






12時間のフライトでまず韓国、


そしてプラス2時間で日本へ。






到着日、早速多摩川に隣接する勤務先の学校にも訪問。






快く受け入れてくれ、


16日からここで勤務する予定。






空っぽになったところに


これから何が入ってくるんだろうか。




空っぽになったようにみえたところに新しい何かが混ざっていくとき、


きっとまたみえる世界も変わっていくんだろう。




$5udaのブログ-空っぽ
空の上から


2013.1.9

モンバサの世界文化遺産のフォート・ジーザス。

1593年、ポルトガル人によって建設された城(砦)。
海からの侵入を防ぐために砦が建てられた。

ここは、フォート・ジーザスと呼ばれ、
イギリス保護領の時代に植民地政府の刑務所として使用され、

オマーンアラブの手によって奴隷を入れるために使用され、
1800年代にイギリスの手に渡り政府の監獄として使用されたのだとか。


モンバサは東インド会社が建てられたとこだし、
いろんな背景はあるんだけれども、
さまざまな人々が行き交った場所。


次元は違うのだけれども、
ちょうど1年前ラオスに行った。

新しい言語、新しい人・文化との出会いがあった。



それからちょうど1年後、ケニアを発った。



昔友人が好きな言葉として贈ってくれたものがあったよーな。


「さあ今話そう。
 人生の十字路において、
 もう出会うことがないのかもしれないのだから」


人が行き交うところでは、
新しい文化が生まれていくんだろうか。

だったらきっと動くたびに、
自分の中でも新しい文化が築かれていくんだろう。


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Fort Jesus

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monbasa


2013.1.6
一応、世界文化遺産登録されているミジケンダ族の聖なる森カヤ。

東部アフリカ、ケニアのインド洋海岸地方の平野や丘陵に
200kmにもわたって広がる11の森林からなるんだとか。

外部の侵略者から集落を隠す要塞の役割があったと伝えられているこの森は、
16世紀につくられ1940年代に放棄されて現代に至るそう。

先祖の住居である神聖な場所として崇められ、長老の評議会によって維持されている
神聖なミジケンダ族のカヤ森林群は、
先人から継承されてきた生きた伝統文化として引き継がれてきたから、
世界文化遺産に登録されたみたい。


前日にも来ようとトライするもの、
現地人が全然知らない未開の観光地で、
研究者とかもの好きだけが来るだけの場所なのかという印象。


モンバサから1時間北にマタツを走らせ、
そこからピキピキ(バイクタクシー)で更に40分なのだから、
無駄にお金を払うよ、っていう人ぐらいしか来ないのかな。


来訪者は原則入れないそうで、やっぱり自分が行った時も入れず。
大統領が訪問した時も違う民族という理由で、入れず。


結局すっかり観光地化した村にお金を払うと、
長老たちがでてくるシステムだった。


30分ぐらいすると、
ククムロード、チャロムレヲワ、カタナジョーカー、ケヤムレヲワオの4人の長老が現れた。

年は70代前後。

一夫多妻制も有なそうで、
16人のお子さんがいる長老も。

村には219人の子どもがいて、
平日は政府のつくった学校で教育を受け、
日曜日だけ民族に伝わる伝統文化を継承しているんだとか。

村の中心にはフィンゴと呼ばれる呪物があって、
それを通して彼らの先祖に祈りを捧げるのが日課だとか。

この辺一体の高台に戦略拠点として植林し外敵との距離を図っていた彼らには、
その外敵も今はもう姿はなく、開発という名で彼らの森林が脅かされているんだそう。


「毎日平凡に家族と笑い合いたい。
 同じように先祖に感謝できる日々でありたい」

と彼らは話してくれた。

それとともに、

「開発が進んで、村の存続も危うい。
 子どもの養育費も足りないんだ。
 できればドナーになってくれないか」

とも。


結局現在に生きるためには、
現存している文化の存続よりも、
お金の方が価値が高くなっていくんだろうか。

別に共産主義的な考えじゃないけど、
なんだか残念な気もしたし、
複雑な気持ちになりました。


$5udaのブログ-聖なる森
長老たちとガイド


2013.1.5
「生きている間によく生きろ」

とは、アパッチ族の格言なんだとか。


トートロジーではないこの言葉はきっと、
一直線に進んでしまいがちな人生に、
少し視野を広げてくれる意味があるんだろうか。


みんながまっすぐ行くから、
自分もまっすぐ行く必要なんてない。

一本道で1つしか扉がないんだったら、
横の壁を壊してそっちに行けばいい。

生きてる限り、
なんだってできるんだろう。

よく生きてみると、
単に生きてるだけじゃみえない道が現れるのかもしれない。


$5udaのブログ-apatti
四方を囲まれても空をみればいい


2013.1.4