デカルトは『情念論』のなかで、
日本語では僅かに一言しか違わない高邁と高慢の心について記述してるんだとか。

死の直前に彼は人の心そのものをテーマに考えていたんだろうかな。


高邁な心とは、彼によれば自身の内なる価値、強く気高き精神によって立つことを意味するらしい。
その人は、自身が最善とするすべてを実現せんとの確固不変の意思で動き、
その意思をどのような状況でも捨てない。
欲望、執着、羨み、憎しみ、恐れ、怒りの感情に決して動かされないとか。

高慢な心とは、自分の内面以外の才能、美、富、名声によって自らを保とうとする
卑しい感情を指すらしい。
それに陥ってしまえば、他の人をも卑しめるきっかけになる。
その感情によって絶えず、憎しみ、羨み、執着、怒りによって欲望の奴隷になってしまうんだとか。


高邁と高慢
自分のためにまわってきたかと思うかそうでないか
全然違ってみえるのかもしれないおひさま


2014.4.26