何年も前にこんな本を読んでから、一度オーストラリアに行ってみたいと思っていました。
彼らの生活とは、洞窟などを住居とし一定範囲を巡回しながら狩猟を行い、植物や木の実、イモムシなどを採り、焼いて食べるという、我々の言葉で言う原始人みたいな生活です。
便利な生活を知らない彼らは、全て自分たちの力で日々生き抜いていかなければならなくて、ご飯を食べるために狩りをし、狩りをするために獲物を探し、獲物を追って旅をする。子供のお勉強といったら、男の子は狩りにまつわる事、女の子は食事や住まいの事。
だから文字を持たない。持つ必要が無い。目を見て伝わる事と会話、忘れちゃいけないことや伝言は絵に残す。
彼らは突然やってきたこの本の主人公に『ミュータント』というニックネームを付けた。つまり突然変異の人。
私たちはこの時代に生まれ、恵まれてるなぁ・・・とは思うものの、突然変異と言われてもピンとこない。むしろ未だにそんな生活をしている人々がいるという事に驚くばかり。しかし人間が誕生してからの長い歴史を見ても、ここ100年くらいで人間はえらい変わりました。
私たちはこの時代に生まれ、恵まれてるなぁ・・・とは思うものの、突然変異と言われてもピンとこない。むしろ未だにそんな生活をしている人々がいるという事に驚くばかり。しかし人間が誕生してからの長い歴史を見ても、ここ100年くらいで人間はえらい変わりました。
スーパーへ行けば調理されたご飯がたくさん手に入って、いつでも誰とでも携帯電話で会話ができて、行きたい所には車や新幹線や飛行機でビューンとひとっ飛び。今やそれらが無い生活なんて考えられないし、おそらく出来ない。
アボリジニの人々からみたら、確かに突然変異なのかも知れないですね。
動物は地震の前、真っ先にそれを感じ取り逃げていた、なんて話もあるように、動物的”感”ってあると思うのですが、人間も本来自然界で生きていく為にこのような能力を持っていました。
アボリジニの人々はそんな”感”をたよりに、どこへ行ったら水が飲めるとか、いつ雨が降るとか、生き物の気を感じ取って狩りをして、生きる為に生きてきたのです。
しかし、便利な世の中になると、使われない能力は必要ないものとなり退化していく。最近の子は足も長くてあごも小さくて・・・これも退化であり進化でしょう。良いか悪いかではないですが、そんな“感”ももちろん無くなりました。
私はそんな能力を未だに持ち続ける人々にどーーーしても会いたくて、行ってきました!そしてアボリジニの人がインスピレーションを生かし書いた絵(アボリジニ・アート)も買ってきました。
ウルル(エアーズ・ロック)で有名なオーストラリアのノーザン・テリトリーは今でもアボリジニの方々の住む村や、神聖な地域には入る事ができませんが、観光地としても人気が高く、オーストラリア政府とリース契約で観光を許可してもらっている状態のようです。なので契約が切れたら、登る事はもちろん、行く事ができなくなるかも知れません。※アボリジニは観光客が神聖なウルルに登る事をあまり良く思っていません。
お陰でどこへ行っても整備され、スーパーやレストラン、きれいなホテルもあり、快適な旅になりましたが、そこで私が感じた事は、上記のような生活を守ってきていたアボリジニも、お金を手に入れる事で便利な生活をする事を覚えてしまったんだな、という事。
契約が切れるまでは政府からお金が支払われるので、狩りをしなくてもご飯はたらふく食べる事が出来るし、アルコールも大好きでビックリするほど飲むそうです。お小遣いを稼ぎにアボリジニ・アートを売りに来ている人もいました。(こんな感じなので契約が切れても、契約更新されるんじゃないかと思われます(笑)!)
もちろん誰もが便利な方が良いに決まっていて、贅沢もしたいし、楽もしたい。残念だなんて言ったら傲慢で自分勝手なエゴイズムでしか無いのだけれど、なんだかとっても感慨深い、そして楽しい旅でした。

ウルル(エアーズ・ロック)で有名なオーストラリアのノーザン・テリトリーは今でもアボリジニの方々の住む村や、神聖な地域には入る事ができませんが、観光地としても人気が高く、オーストラリア政府とリース契約で観光を許可してもらっている状態のようです。なので契約が切れたら、登る事はもちろん、行く事ができなくなるかも知れません。※アボリジニは観光客が神聖なウルルに登る事をあまり良く思っていません。
お陰でどこへ行っても整備され、スーパーやレストラン、きれいなホテルもあり、快適な旅になりましたが、そこで私が感じた事は、上記のような生活を守ってきていたアボリジニも、お金を手に入れる事で便利な生活をする事を覚えてしまったんだな、という事。
契約が切れるまでは政府からお金が支払われるので、狩りをしなくてもご飯はたらふく食べる事が出来るし、アルコールも大好きでビックリするほど飲むそうです。お小遣いを稼ぎにアボリジニ・アートを売りに来ている人もいました。(こんな感じなので契約が切れても、契約更新されるんじゃないかと思われます(笑)!)
もちろん誰もが便利な方が良いに決まっていて、贅沢もしたいし、楽もしたい。残念だなんて言ったら傲慢で自分勝手なエゴイズムでしか無いのだけれど、なんだかとっても感慨深い、そして楽しい旅でした。




