みなさんこんばんわ
朝夕は、すっかり涼しくなって すごし易くなりましたね。
八戸周辺では、稲刈りが最盛期を迎えておりますが、みなさんの地域ではいかがでしょうか?
地元を離れ、すっかり農作業と縁のなくなってしまった私も
子供の頃は、兼業農家の実家の手伝いをすることもありました。
今日は、そんな手伝いのなかでのお話を。。。
今をさかのぼること、20数年前。。。
中学生だった、私は その日 部活動
等の予定もなく
実家の稲刈りを手伝うことになりました。
朝早く
から、沢山の 田んぼ
の 稲刈りをしたのを覚えています。
父は、コンバインを乗り、ひたすら稲を刈っていました。
祖父に連れられ、田んぼの傍らで 言われるがままに 手伝いをする私。。。
コンバインが何往復かするうちに、機械後部に設置した 袋が刈り取った稲で いっぱいになります。
それをコンバインより下ろし、祖父と一緒になって 軽トラへ積み込みます。
一枚の田んぼが そろそろ 刈り終わりそうになり
軽トラックの荷台も いっぱいになってきたころ。。。
祖 父:「おい、○○○(ひいらぎ本名)、これを家まで運んで 下ろして来い(^_-)-☆」
ひいらぎ:「えっ? おじいちゃん、オレまだ 中学生だよ。」
祖 父:「そんな、こたぁー 知ってるよ。」
ひいらぎ:「だから、運転免許 ないんだってばー」
祖 父:「免許なんか、なくたって 運転できるだんべーやー」
↑:( ”運転できるだろう” の意 上州訛りです)
ひいらぎ : 「えー、やだよー よそのうちの田んぼに落ちたらどうすんのさ <`ヘ´> 」
そう、田んぼの間の道は狭いんです、更に 1~1.5mほど 田んぼより高い位置に。。。
祖父 : 「おまえは、馬鹿か? ブレーキを踏めば 車は止まるんだぞ 落ちっこないだろ<`ヘ´>」
「早くしないと、コンバインがまた来て 軽トラ に積めなくなるから 早く行って来い」
ひいらぎ : 「なんで、オレが行くのさ おじいちゃんが行けばいいのに。」
私の意見が、聞き入れられるはずもなく、キーを渡され あとは 放置です。
祖父は、私の方を見向きもしないで、もくもくと別の作業をしています。
おっかなびっくり 軽トラックを運転
。。。 ものすごい 低速で 実家へ向かいました。。。
冷や汗をかきながら、なんとか実家へ到着すると
母も、忙しそうに 家で作業をしていました。 私を見つけた母は、、、
母 : 「あれっ
? まだ 終わりじゃないでしょ。」
「それに軽トラ乗ってきちゃったら、お父さんとおじいちゃんの帰りの足 どうするの?」
ひ : 「お母さん、ビックリしないの?」
「オレ、おじいちゃんに言われて 無免許で運転して 刈った稲 運んできたんだよ。
」
母 : 「あらそうかい、 じゃあ 早く戻らないと おじいちゃんに叱られるから、早く下ろして戻りな。
」
(どこまでも、おかしな 家族です。。。。)
ひ : 「ねぇ 中学生に 無免許運転させて いいの?」
母 : 「だって。。 稲刈りの手伝いだからねぇ。。 ○○○も中学生だし 貴重な戦力だよ。」
「それに 公道を走るわけじゃないから いいんじゃない?」
( 群馬ひいらぎ家 的には 中学生の無免許運転OK の ようです。)
母 : 「 あっ
」
ひ : 「 何? 」
母 : 「よその田んぼに 落ちないように気をつけてね!」
ひ : 「もう充分、怖い思いをして 来ましたよーーーー
」
そして数年後 18歳になり 教習所で 初めて運転したあと 教官から。。。
教:「ひいらぎ君は、どこかで運転したこと あるでしょ。」
「次からは、もっとレベルの高い教習メニューにするから
「今日はつまらなかったろ、ゴメンね。」
(我が地元、教習所の 教官も おかしいようです。。。)
以上、秋が深まると 思い出す 稲刈りの思い出でした。
免許証の色は もちろん ゴールド の ”ひいらぎ” でした。