WEBコンサルティング -8ページ目

WEBコンサルティング

WEBコンサルティングのこと

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 毎日14時間以上働く「奴隷サラリーマン」の上野靖弘がお送りする、
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こんにちは。上野靖弘@世界を旅するウェブクリエイターです。

なかなか最初の一歩が踏み出せない場合の対処法を学びました。

お話しする前に5月の川島塾での学びを暴露します。


川島塾は毎回人生を変えるような出来事があるのですが

今回も激しく価値観が変わりました。

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※川島塾とは(今期の受付は終了しています)

川島塾は、全くのゼロから、5年間連続で年収1億円以上を稼ぎ、

グルメ、ファッション、海外旅行、健康管理も

プロ級に詳しくなって人生をエンジョイしている

川島和正のノウハウを、本人が直接指導する塾です。

川島和正さんの詳しいプロフィールはこちら(ページ最下部にあります)

⇒ http://123direct.info/tracking/af/686664/SjDLuuUB/
------------

価値観が変わるというか、

今の価値観のレベルを引き上げられる感覚です。

例えばこんな話があります。


「東京がアジアの最先端だとおもっていますか?

 東京はもう既にアジアの田舎になってきています。」


そんなことないよー

と思うでしょ?


そんなことあったんですよ!

それを実際に体験できるのが川島塾なんです。

(上海事情はこの記事の後半にあります)


つまり、自分が当たり前と思ってる感覚、

ここが上限でしょ?と思ってる感覚を

ことごとく打ち砕かれるのです。


年収1000万円を超えてるひとはエリート。

いやいや、起業したら1000万は最低ライン。

3000万、5000万とステップアップすることができる。

川島さんは年収1億で止めてるだけ。

やれば2億3億と稼げるけどそれって意味ある?

みたいな話です。

激しく価値観が崩壊していくわけです。


失敗はするかもしれない。

けど失敗したからどうなる?

借金できる?ホームレスになる?

特に僕には結婚相手も子供もいない

まじで失うものがないことに気づく。


行動の前段階のマインドについても塾で教えてくれます。

多くの人はその一歩が踏み込めないのです。


じゃあ、「Bar Rouge」の話を。

そこは、上海の旧市街「外灘(バンド)」

というエリアにあります。


僕の上海人の友達も出発前に

「外灘は夜景がきれいなのでおススメです」

って言ってて、これこそ東京の田舎者は知らない状態です。


外灘はなにがいいのかというとまず景色が最高に美しいです。

中国の最先端技術を駆使した近未来的なビル群と

19世紀後半から20世紀前半に建設された雰囲気のいい

西洋式高層建築が立ち並んでいるのです。


それは、ロンドンにも、ニューヨークにも

ましてや東京にもない唯一の風景でした。


だから世界中からリッチ&クールな人たちが集まっていて

そんなエリアの最高にクールなクラブが「Bar Rouge」です。


そんな素敵な前情報だけ聞いて

エントランスフィーも知らなく遊びにいったので

どきどきしながらエントランスに行きました。


女性フリー、男性100元(1600円くらい)だったので

ほっとしつつ6階か7階への階段をのぼりきると

そこにはいままでに見たことのない景色がひろがっていました。


赤を基調としたスタイリッシュな屋内部分

その先は屋外になっていて目の前はリバービュー

さらにその奥には近未来都市を彷彿とさせるビル群。


バーカウンターやVIP席には中国人もいれば

欧米人、ロシア人もいて、ほんとに人種はさまざまでした。


来ている女性はみんなモデルのような出で立ちで

最高におしゃれでそこにいる人たち自身が

この空間をつくっているような印象でした。


片言の英語で話しかけてみましたが

みんなここを楽しみに来ていて上機嫌で

けっこう話が盛り上がってしまったときは

80%くらいわかってないけど適当にうなずいていましたw


もっと稼げるようになってもっと自由な時間を増やして、

今度は自分のお金でシャンパンあけて

余裕を持って遊べるようになりたいと強く思いました。


「東京がアジアの最先端だとおもっていますか?

 東京はもう既にアジアの田舎になってきています。」


街の景色、そこに集まる人、遊ぶ場所、食べるもの。

行ってみてその意味がやっとわかりました。

この経験は何ものにも代え難いものとなりました。


ということで

「なかなか最初の一歩が踏み出せない場合の対処法」



「実際に体験する」ということです。


自分には必要ないとか関係ないと一見思うことでも

その分野で成功している人がいるならその人の価値観に従って

体験してみる。

そうすれば、思いもよらないいままでの凝り固まった価値観を崩すことが

できて、一歩を踏み出すことができるようになります。

現状維持したい人は他人の価値観に影響されなくていいと思いますが

現状を変えてより良い方向に進んでいきたいと

思っている人にはおススメの方法です。


次回は大阪@ハイアットリージェンシー

また2ヶ月後、さらに成長して塾に臨みたいと思います。

次回の記事は、上海で起きた「お茶詐欺事件」についてお話しようと思います。


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 今号も、最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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こんばんは。上野靖弘@世界を旅するウェブクリエイターです。

今日は友達リクエスト禁止にならずに

1ヶ月に1000人友達を増やす方法をシェアします。

すでにフェイスブックで日給2万円を稼いでいる川島塾同期の集客法

+年収1億川島さんからのアドバイス付きなのでとても貴重な情報です。


とても重要なノウハウなので長めです。

このノウハウはいつ初めても無駄にならない

どころか人生を必ず豊かにしますので是非、実践してください!


友達リクエスト禁止は点数制で

ロボットの判断ということは前回お伝えしましたが

これはつまり「フェイスブックをどんどん使ってね」

というフェイスブック側の意図があります。


フェイスブックを使えば使うほど友達も申請できて

輪を広げることができるという仕組みになっているわけです。

それを踏まえてどのような作業が効率的かというと

1)いいね、投稿、コメント、コメント返しの加点の作業を日常的に実行

2)グループが一緒の友達候補のフィード購読&メッセージで挨拶をする

3)友達申請は1)の作業量次第だが多くても20件/1日くらいにする

上記3点を詳しく説明していきます。


1)いいね、投稿、コメント、コメント返しの加点の作業を日常的に実行

こちらは、友達申請していくための加点作業になります。

簡単に言えばFBを普通に使おうということですね。

具体的には

・自分のウォールに投稿された記事にいいねをする

・なるべく日常を投稿する

・投稿は最初の5行で気になる内容を書いて、続きをクリックさせる

・できればシェアしたくなる内容にして、最後に「シェア大歓迎」と書く

・写真を目立つものにして、なおかつ並べたときに美しいものにする
 (シェアする人は素敵な写真を自分のウオールにならべたい)

・コメントされたらかならず返す

 ※コメントするときに「@名前」をかくとその人に知らせることが

 できるのでさらにいいねをもらいやすくなります。


2)グループが一緒の友達候補のフィード購読&メッセージで挨拶をしていく

フィード購読は私が調べたところ減点がないようです。

フィード購読することでフィード購読返しをしてくれるので

友達にならなくとも自分の投稿をみてもらうことができます。


ただし一気にやりすぎるとフィード購読でも警告がくるので

1日100フィード購読くらいにしておきましょう。

また、友達申請を直接できればその方がいいのですが

減点が大きいのでまずはメッセージを送ります。


メッセージの内容は、どこのグループから来たか

自分がどんなことをしてる人かなどを書いて

最後に友達申請してもらえるとうれしいです

と添えてください。


3)友達申請は1)の作業量次第ですが多くても20件/1日くらいにする

最後に友達申請です。

こちらも自分と関係のあるグループを探して

そのグループに属している人に友達申請してください。


友達申請は減点が大きいので1)の作業量によりますが

100いいねくらいしたら1日20件くらいは大丈夫です。


また、リクエストくれた方には承認後3~5いいねをして、

そのウォールの中で「承認ありがとうございました」コメントを

してる人がいたらその人にも3~5いいねとリクエスト送ります。


知り合いでなくても友達増やしたくてリクエストしてる人なので

友達を増やすという目的に合致している&

現在アクティブなユーザーなので自分のウォールが活性化します。


次に自分もリクエストしてくれた人のウォールに

承認ありがとうございました&簡単な自己紹介

&よろしくメッセージ&きれいな画像を投稿します。


こうすることで、そのウォールをみた友達の友達が

自分にいいねやリクエストを送ってくれるようになります。

友達の友達からいいねやコメントがきたら

その人にもリクエストを送ってOKです。


また、友達リクエスト禁止の要因の1つとして友達リクエストした人が

何日も未承認の場合、減点ということがあります。


こちらを回避するために未承認の方のリクエストを

取り消さなければいけません。下記に具体的な方法をまとめました。

・右上の「自分の名前」をクリック

・メイン画像左下の「アクティビティログ」をクリック

・「友達リクエストを送信しました」の名前にカーソルを当てると

 すでに承認してくれた人は「友達(チェックマーク)」

 になっていますが未承認の人は「友達リクエスト送信済み」

 となっているので、3日くらい待っても未承認の場合は

 「リクエストを取り消す」をクリックします。


以上が友達リクエスト禁止にならずに

1ヶ月に1000人友達を増やす方法になります。


世の中には知らない人だらけなので友達が増えるのは単純に楽しいです。

自分のウォールにも笑える情報、ためになる情報たくさん集まります。


そしてなにより自分の発信したい情報をより多くの人に

みてもらうことができますので、なにか伝えたいことがある人は

是非実践してみてください。


次回は上記作業の自動化についてお話しします。

手動でやらなくていい作業はツールに全部お任せです。
こんにちは。上野靖弘@世界を旅するウェブクリエイターです。

現在「集客」を実践中で最近はずっとフェイスブックを攻略してます。

いろいろと見えてきましたので共有させていただきます。


フェイスブックで集客する際、気をつけなければいけないのが

1)アカウント停止

2)リクエスト禁止

の2つです。


1)アカウント停止

その名の通りアカウントが停止されてしまう処置です。

こうなってしまったら、たくさんの時間を割いて媒体を大きくした努力が水の泡です。

アカウント停止には3つの種類があります。

1.他のFacebookユーザによる通報

2.偽名の可能性が高いユーザ名を検出するシステム

3.アカウントの不正利用の可能性

2,3は別アカウント使用しなければ問題ないですね

問題なのは1.他のFacebookユーザによる通報

です。

こちらも本人アカウントで属性無視しまくって友達申請してたら危険ですが

例えば友達募集グループや副業に興味のあるグループ(僕の場合)で申請していれば

問題ないです。

アカウント停止の事例をみていても

偽名だったり、別アカウントで運営している場合が多かったので

実名であまりにも不快なことをしない限りは問題なさそうです。


2)友達リクエスト禁止

次に友達リクエスト禁止ですがこちらは僕も1週間食らってしまいました。

友達リクエスト禁止(リク禁)とは

友達申請しまくると1日間~30日間友達申請ができなくなることです。

フェイスブックのロボットによって、自動的にリク禁がおこなわれます。

ロボットは下記点数を判断して-が一定値を超えるとリク禁を行います。

1、加点ポイント:

「いいね!」を押した(+1点)、コメントをした(+5点)、

「いいね!」を押された(+5点)、コメントをされた(+10点)、

発言をした(+3点)


2、減点ポイント:

友達申請(-20点)

友達申請を受けた(-3点)

ただし、減点に関してはゆるやかになる条件があります。

・同じグループに属している。

・コメント、「いいね!」を押し合っている。

・メッセージのやり取りをしている。

などが、過去にあると、減点ポイントが大幅に減るようです。


次回は上記の基本ルールを踏まえて

どのようにリク禁されずに効率的に友達を増やしていけばいいかをまとめました。

川島塾同期ですでに日給2万円の結果を出している方の手法も公開します。
私、上野靖弘は1981年9月13日に
千葉県松戸市で生まれました。

それからどんな生活をして育ってきたのか
についてこちらで包み隠さず公開したいと思います。

月収が5万円UPするブログ


■中流家庭 貧しい思いは一切しなかったが。。

生きてからこれまで
特に貧しいと思う経験をせずに育ってきました。

逆に思春期にロックミュージックや文学に
傾倒するようになって
貧しさへ憧れるというなんとも罰当たりな
考えを持つようになります。

そのせいか大学時代は
家賃25,000円の風呂なし・ぼろアパートに
1人暮らししていました。
風呂は主に大学のシャワーを使用していました。

ちなみに僕はホームレスに
憧れているところがあります。
お金という価値観に縛られずに生きる。

本人たちはそうしたいと思ってしていない人が
ほとんどだと思いますが、勝手ながら
憧れを持っています。


■小学中学時代 頭は良かったが運動は出来なかった

勉強の飲み込みは比較的早く授業が退屈でした。
そのかわり運動はずっとだめで
マラソン大会などは最下位から数えて何位
というような結果でした。

しかし、中学に入り漫画「スラムダンク」の影響で
バスケットボールをやるようになり
みるみるうちに身体能力が上がりました。

バスケではスタメンになり
マラソン大会では10位以内に入る等成長しました。

1つのことに打ち込んで成長し結果を出す
という価値観が生まれたのは
この経験が初めてかなと思います。


■中学高校時代 タバコ、ピアス、喧嘩、金髪

漫画「湘南純愛組」の影響で不良に憧れていました。
煙草からはじまり中2でピアスを空けたときは
朝まで無言説教という無口な親父ならではの
説教タイムがあったことをいまでも覚えています。

親父からのプレッシャーもなんのその
不良グループとつるむようになり
町のゲームセンターのトイレで
ついに他校生との喧嘩をします。

結果惨敗。
そして親にめちゃくちゃ迷惑かけました。
すみません。。

それでも頭はまあまあ良く界隈で2番目くらいに
頭のいい私立高校に入学します。
そこでも髪の毛を金髪に染めたりとやんちゃでした。

特にグレる要素なんてなにもなかったのに
なんでそんなことをしていたのか今思うと、
すべて自分に負けたと思われたくない
という気持ちだったんじゃないかなと思います。

煙草を吸う度胸がない、
ピアスをあける度胸がない、
喧嘩をする度胸がない、
金髪にする度胸がない、
勉強をおざなりにする、
すべて他人からそう思われるのが嫌だった
という負けず嫌いな性格が根底にある気がします。


■中学高校時代 初めての成功体験

母親はピアノの先生、
父親はドラマー&オーディオマニアと
音楽に囲まれて育ちました。

中学生の時に父親に呼ばれて
おもしろいビデオがあるから
一緒にみようと誘われ
ミスチルとかスピッツをきいていた当時に
見せられたのが「ウッドストック」でした。

鳴っている音楽には全く興味わきませんでしたが
おっぱい丸出しで踊るヒッピー姉ちゃんには
ビビっときました。w

そんな父親の影響があったかどうかは
わかりませんが高校になって
ベースを始めることになります。

さらに、当時インディーズロックが流行りだし
「ハイスタンダード」に出会います。

僕はその頃エイフェックスツイン、
スクエアプッシャー、アンダーワールド、
プロディジーなどに出会っていて
そこまでメロコアには興味なかったのですが
演奏してみるとこれが面白かったのです。

めちゃくちゃにはまって
バンド人生がここでスタートします。

柏ALIVEというインディー界では
若干有名な千葉のライブハウスで
ライブをやるようになります。

友達をがんがん誘って集客には困りませんでした。
3年になるころには校内で一番人気のバンドになり、
文化祭では1枠しか出演権利のない
体育館の大舞台で演奏することができました。

この経験は僕に自信を与えました。
好きなことを続けていただけなのに
周りから求められ、認められる存在に
なれるということ。

また、多くの人の前で披露するという経験は
なかなかできるものではないので良い経験でした。

人前で話すとき緊張はしますが
頭が真っ白になるというようなことはないのは
バンド経験があるからかもしれません。


■勉強の成績はがた落ち 目指す方向を定める

ただ勉強の成績は悪くなる一方でした。
このころ既に学校の勉強が
社会の役に立たないことがわかっていました。

学歴社会も崩壊するってこともささやかれていたし
(実際はそんなことはないことは現在痛感しますがw)
大学は意味のある4年間にしたい
という思いが強くなっていました。

また、クリエイティブなことに興味があったので
美術大学を志望することになります。

特に音楽と映像とインタラクティブ性という
クリエイティブの集合体である
ゲームの業界に行きたいと
ひそかに思うようになり
就職先にゲーム業界のあった
武蔵野美術大学デザイン情報学科に入学しました。

実際にはゲーム系の勉強は
一切やらないのですが
美術大学の中では名のある大学に合格できました。

ちなみに実技試験もあるのですが
ほとんど学科試験で
受かったようなものだと思います。

というのも予備校で学科の模擬試験があるのですが
内容が学校でやっていることの数倍簡単で
全く勉強していないのに予備校内で
1位を取っていたりしたからです。

ある程度絵はうまくなりましたが
まわりほどはうまくなかったと思います。

この経験から一番を目指さなくても
自分の特徴とやりたいことと求められていることを
マッチさせることが大事なんだと
本能的に感じるようになります。


■大学時代 クリエイティブとビジネスについて

大学ではバンド、学業、バイト、VJ、
展覧会、PV作成、CG作成、ショートムービー制作
などなど目の前に転がっていた
面白そうなものすべてに手を出しました。

特に印象深いのはクラブVJをやっていたとき
ラッキィ池田さんに出会い
彼のPVを仕事として引き受けたことです。

ラッキィ池田さんにとっては
学生で撮影も編集もできて
グラフィカルなこともできる存在が
予算的にもちょうど良かったのだと思います。

仲の良かった3人でチームになって
学校の課題と同時に徹夜して制作をしました。

結果ラッキィ池田が特攻服を着た
ストーリー仕立てのシュールなPVが出来、
クライアントも満足したようでした。

自分の創るものがお金になるという経験は
非常に有意義でした。

特に中学時代の友人がギャル男になっていて
そこから派生した仕事が一番お金を生みました。

僕は自分の中でこの事象を「橋渡し」
と定義していました。

美大生は作品を創れるが金にできない。
ギャル男は作品を創れないが
集客してイベントを開催して金を作れる。

具体的にはイベサーと呼ばれる
ちゃらい(すみませんw)サークルは
定期的にクラブでイベントを開催します。

これは一番大きいもので
3000人以上集客するものもあり
1晩で100万を超える利益を
生み出したりしていました。

サークルの幹部はその利益で
沖縄旅行にいったりと豪遊できるほどでした。

その活動資金の中からイベント中に使う
映像制作にももちろん予算が割かれます。

そこで僕の出番というわけです。

一週間拘束で30万なんていう
学生からしたら破格のバイトでした。

むしろもうちょい本格的にやれば
事業化できたんじゃないかと思います。


■バンド時代 無謀ではなく計算

そんな感じでおいしい仕事もやりつつ
クラブで定期的にお金をもらいながら
VJしていると今度はまたまたイベサーつながりで
ファッション雑誌に特集されることになりました。

→BOYS RUSH

ただこの頃、VJや映像を仕事にしていくことよりも
自分が1番興奮できたバンドで
一旗あげてやろうと思うようになりました。

周りからは無謀と思われていましたが
とても打算的に考えた結果でした。

バンドを仕事にすることを
タレント業と割り切っていた
→若いうちにしか挑戦することができない

人気を得ることができれば一気に稼ぐことができる
→ローリスクハイリターン(金銭的に)

一旦有名になれば他のクリエイティブに移行できる
→INUの町田康が小説書いたり、
 電気グルーブがゲーム創ったりという事例


そんなわけで僕は音楽活動を
就職活動と思ってやりはじめました。

音楽をつくり演奏することでお金を稼ぐ。
ただ30歳になっても貧しいバンドマン生活は
格好悪いなと思っていました。

それに各種オーディションでは
25歳までという制限があったため
25歳まで、つまり3年間で結果が出せなかったら
才能がないとしてあきらめよう
という気持ちで始めました。

デモ音源作成、小さなライブハウスへの出演、
知り合ったバンドとの共同イベント、
オーディションへの応募、小さな事務所への所属
などなどできることから少しずつ始めていきました。

はじめのうちは観客を数人しか呼べず
ライブハウスに払うノルマを達成できなかったため
自腹を切って出演していました。

それでもライブを続けていれば
少しずつ増えるだろうと頑張っていたのですが
一向に増えませんでした。

ライブでの反応の薄さというものは
計り知れない情けなさがあります。

場違い、勘違い、ナルシストなどなど、
ステージ上でものすごい葛藤がありました。

あるときこれではだめだと
ライブハウスで回数を重ねて集客する
という方法自体を疑うようにしました。

そして、その方法論はライブハウスが
盛り上がっていた頃の古い慣習だと気づいたのです。

そこで目をつけたのがmixiです。

mixiを使って自分の音楽に興味のありそうな人を
検索してライブに誘うという手法に切り替えたところ
最終的にはワンマンライブでチケットが
ソールドアウトするほどに集客できました。

具体的にはこんな導線です。

1-A)
自分の音楽と関連のありそうなライブイベントの
帰り際のお客さんに印象的なプロフィールと
メンバーの写真と無料で音源が手に入るサイトの
URLの入ったフライヤーを渡す

1-B)
mixiで自分の音楽と関連のありそうな
バンドのコミュニティに入っている人に
片っ端からこんな音楽やってます
よかったら聞いてくださいというメールを送る

2)
1曲ダウンロードのための
メルマガ登録を用意しておきメルマガ会員を増やす

3)
メルマガで近況やコラムライブレポートなど
とともにライブ告知を流す
その際ライブ限定の音源や、
イベントごとの無料CDRなどを用意して
ライブに来てもらいやすくする

そんな集客方法の介もありワンマンライブも成功し
徐々にライブハウス界隈では
名を轟かすほどに成長していきました。

しかしそれでも一向にバンドで飯を食える気配は
ありませんでした。
そして2006年についに25歳を迎えてしまいます。

はじめの計画通り何のためらいもなく
方向転換を考えました。

ちょうどその頃ソニーミュージックが
A&R職(アーティストをプロモーションする職業)の
公募があったので早速提案書を書いて
送ってみたところ、なんと応募数3000人の中から
2名に選出されてしまいました。

これでソニーで働くことができて万事OK
のはずが人生は面白いもので
なんとバンドの方にも吉報が届きます。

なんとMrChildren等を輩出したプロダクション
烏龍舎でレミオロメンを担当していたマネージャーが
たまたまライブを見てくれていて衝撃を受け
一緒にやりたいと声をかけてくれたのです。

ただし、ソニーの方はバンドを続けるなら
ここでは働けないと言われていました。
人生の究極の2択を迫られましたが
あっさりバンドに決めました。

仕事についてはそれまで勤めていた会社をやめ
時間に制約のないフリーランスとなり
1ヶ月で30曲を書き上げるなど精力的に活動しました。

インディーズでは有名な大阪のフェスに出演したり
個性的なレーベルとして有名なスピードスターの
オーディションで最終選考まで残ったり
スペースシャワーTVに出演したり
マネージャーによる大手レコードメーカーへの
プレゼンなどなど活動は一段階上になりましたが
フルスイングの空振り三振
結果はついてきませんでした。

ここまでやってダメなら悔いなし、
作曲、バンド活動で食う道はあきらめ
ライフワークとすることにしました。

とにかく常にバンド活動というものを中心に
考え突き詰めた22歳~26歳の4年間でした。

いろいろな要因があるとは思いますが
設定した目標に届かなかったのは事実です。

ただしここで得たものは大きかったと思っています。

特に見込み客の集客という
ビジネスの基本を実体験で学べたこと。

クリエイターとして自分のつくる物、表現することが
どんどんレベルアップして鋭角になっていき
それがお客さんにいい反応を与え広がっていく感覚。

そして、好きなものに100%集中するという
人生でも思い切りがなければ
なかなかできない経験が出来たことが
とてもプラスの経験だったように思います。


■フリーランス時代 バンド以外の道を模索

とはいえバンド活動をやりながらも
友達の紹介で勤務時間に自由がきいて
どんどん新規事業を任される会社の正社員として
働いていました。

デザインができてホームページが
ある程度つくれるということから

全く無名の高級カナダアイスワインのWEB SHOP店長

携帯でナビする沖縄の地元民しか知らない
お得な情報サイト「マチナビ沖縄」ディレクター

LEDディスプレイ用映像コンテンツ制作
および配信ディレクター

と制作を中心とした多種な案件を任されていました。

それからネットサーフィンをしていたときに
その後僕の人生に大きな影響を与えることになる
世界を旅する年収1億スーパーアフィリエイター
「川島和正」という人物を知りました。

まず初めにホームページを見たときは
怪しい人と商売だなという印象を受けました。
ただサイト自体はしっかりデザインされていて
他の情報商材のサイトとなにが違うのだろうと
デザインの視点から気になっていました。

2度目に出会うのが青山ブックセンターで
「働かないで年収5160万円稼ぐ方法」という
ふざけたタイトルの本を見つけ著者を見てみると
いつかネットで見た「川島和正」氏。

すぐに立ち読みを始めると
ぐんぐん引き込まれてしまいます。

実際にインターネットを使って稼ぐ方法を
ステップバイステップで素人にもわかりやすく
説明をしていて、知識を蓄える本というよりも
説明書に近いものでした。

これは今ちょうどフリーランスだし
役に立ちそうだということで
すぐに購入しメルマガにも登録しました。

本の中でも即金性の高そうな
PPCアフィリというものを実行したところ
2日くらいで2万円売り上げました。

ただPPCアフィリは資金が必要だし
本代の元がとれたからOKという気持ちもあり
その2万円でやめてしまいました。

ちょうどそれくらいの時期に
メルマガで川島氏がデザイナーを募集している
ということを知り即応募しました。

なんとすぐにメールが返ってきて
仕事を任されることになりました。

仕事を任されて1週間くらいで
CSSがあまりわかってないことがばれクビに。

ただそこで縁は切れずおもしろそうな奴という理由で
アルバイトスタッフとしてSEOやSEM、
コピーライティングなどの補助作業を
メインに任されるようになり
だんだん信頼関係を築き最終的には
破格の報酬で仕事を依頼されていました。


川島氏の仕事を請け負いながら前の会社で
つながりのあったワイン輸入会社のウェブ戦略を
2年ほど手伝いました。

川島氏の元で学んだノウハウを
小さい会社にあてはめながら
ワインのウェブ事業をはじめから立ち上げて
売上/顧客増大に貢献しました。


また、A&R職オーディションのつながりから
ソニーと委託契約し
「下北沢と秋葉原の文化を掛け合わせる」
という今までにない新しいコンセプトの
ライブイベントを企画する仕事なども
受けていました。

ということでこの時期は
朝から夜19時まで川島オフィス
19時~眠りにつくまでをソニー
たまにワインの日があるみたいな感じでした。
もちろん土日も稼動していました。

バンドをやめてからここまでのフェーズでは
とにかく仕事として引っかかるものは
時間の許す限りこなしていたという感じでした。
半年で同世代の平均年収以上は稼いでいました。


■WEBクリエイター修行時代 WEBを極める

ということでカオスな時期が1-2年続いたのですが
ぱたぱたとプロジェクトが終了していきました。

まだ契約を続けて欲しいというところもあったので
フリーランスを極めて生きることも考えたのですが
1本の道で1からプロフェッショナルを
目指したいとも考え始めていました。

いままでの経験を活かせ、且つ社会の需要があり
未来の明るい仕事はWEB業界だと確信していました。

すぐに転職活動を開始して
20社程受けて3社に合格しました。

1つはメーカーのWEBマーケッター
1つは紙メディアを持ってる会社のWEBデザイナー
1つはWEB制作会社のWEBディレクター。

けっこう悩みましたが
まずはWEB制作会社で創ること、
お客さんと対面して問題を解決する
という仕事をしたいという思いから
WEB制作会社でWEBディレクターの道を
極めることを選びました。

WEBでの経験も少なからずあるし、
フリーでお客さんの問題を解決してきた
という自負からすぐ使える戦力になると
思っていたがそれは大間違いでした。

代理店や直クライアントへの細かいマナーの話から
より丁寧な電話やメールの対応等々
WEBディレクション以前の
ビジネスの基礎への詰めの甘さが目立ち
上司の信用を失いました。

しかしそこはすぐに本とネットと先輩たちから
盗んで回復し現在はディレクションも任されてきて
自分がどんなディレクターになれるか、
会社にどんな形で貢献できるかを
日々模索する修行の日々が続いています。

この会社は社員一人一人のモチベーションが高く、
努力しないとすぐに置いていかれるような環境です。

その分結果をだすことができた社員には
しっかりと還元できる仕組みも整っていて
やりがいが半端ないです。

現在私はWEBのプロフェッショナルとなるべく
自身を研鑽する毎日を送っています。
月収が5万円UPするブログ

今セールスレターを読み終わりました
動画も最後まで見てしまいました

いや、すばらしかったです
「拝金主義の嫌われ者」で通っていた与沢翼さん
すべてがここにつながっていたのかと思われるほどの見事さでした

インターネットビジネスアカデミー
 ⇒ ※アメブロはアフィリ禁止なので「与沢翼」で検索してみてください

川島さんの時も思いましたが
人にどう見られるかは関係ない
というかそこのメンタルブロックがある以上
その先の世界には絶対に行けない

そして「熱い思い」を伝えるということの大切さ
きっともう怪しいセールスレターの時代は終わったんでしょうね
これはまじめに勉強したいと思っている人には最高の贈り物ですね

個人的にはページ中央に書いてあるやることリストみたいなのが
それだけで答えになっているので十分すぎる情報でした

さて、自分はどうするか
最近頭からはなれないワード「金」と「女」
これを素直に体現、実現できるならば
それに勝る根源的な欲求はないんじゃないか
そう思っています

僕には2人の心の師匠がいます

ビジネスの師匠「川島和正さん」
恋愛の師匠「岡田尚也さん」

この2人に大きく人生の価値観を揺さぶられました
そしてここに向けて僕も大きく踏み出してみようと考えています
僕もピエロになってみようか、そう考えています

ちょっと考えただけでも
すぐに嫌われることが想像できる、、
そしてそれを想像するとちょっと笑えてくる

けど同時にそんな企画ができたら
めちゃくちゃおもしろいんじゃないか
しかもそこに需要は絶対にある

自分一人で稼ぐ力 × 女性を感動させる力

本物の「男」とはなにか?
その答えがここにある

自分一人で稼ぐ力とは

それは太古の昔から男に必要とされてきた
自分一人で狩りのできる能力、つまりうまい飯を食うための能力
武器はなにがいいのか?どこに行けば獲物がいるのか?
どんな罠を仕掛ければより簡単に獲物を捕らえることができるか?
最高の獲物を捕らえるためにはすべての力を使う必要がある


女性を感動させる力とは

本当に心から一生をかけて愛せる女性を探すために
まず自分がどんな美しい女性でも
笑わせ、喜ばせ、感動させる能力を持つことから始めよ
自分がそのレベルに達したとき
必ず生涯を捧げることのできる女性に出会うことができる


男に生まれたのなら避けては通れないこの2つの道を
どうせ生まれたのならとことんまじめに追求してもいいんじゃないか

2つの根源的な能力を高めたあと
僕はさらなる高みをめざそうとしています
ぼくの最終目標は詩人なのです

つまりカエサルではなくアウグストゥス
この話は長くなるのでまた今度します

 カエサル:ローマの英雄でローマ帝国の礎を築く、
      豪傑で女好きだが最後は暗殺されてしまう

 アウグストゥス:カエサルの養子で初代ローマ皇帝、
         ローマに芸術を浸透させたイケメン

35歳までにこんな塾を開けるように
日々精進しようと思います
31歳~32歳はビジネス!ビジネス!ビジネス!