本郷のおばちゃんが亡くなりました
その日も普通に生活してごはん食べてお風呂に入っておやすみって寝た数時間後・・・
急性心筋梗塞でした

あまりにも突然の事で、葬儀が終わって数日経った今でもまだ信じられません
こんにちは♪って本郷のおばちゃんちに行くと
いつものように勝手口を開けた所(キッチン)に立っていそうです

本郷のおばちゃんとは・・・
ワタシの母の一番上の兄嫁さんです
子供のころはお盆やお正月は親戚一同が集まります
母の兄妹は7人
その子供も揃うと大変な人数になります
お盆の16日のお昼には全員集まってごはんを食べます
その後お墓参りに行くものあり、昼寝するものありで
ワタシは従兄妹の兄ちゃん達と花火を買いに近所のお店に歩いて行きます

毎年、母の兄妹が、お金を出し合って花火大会が始まります
それはそれは近所でも有名なくらい賑やかな花火なんです
子供もそうですがそれ以上に大人がはしゃいでたように記憶してます
そのあとスイカを食べてタネ飛ばし・・・(笑)
蚊帳をつった中でみんなで寝るのがわくわくドキドキでした
そんなことがすごく楽しみな子供時代でした

本郷のおばちゃんの漬けるちらし寿司は絶品で
お土産はお土産はそのお寿司がいいというリクエストまででます
それくらいお塩梅がいいのです
お盆のごちそうの準備だって20人以上分ですから
それを愚痴一つ云わず黙々とやります
まだ小学生だったワタシの記憶はお寿司に入れる山ほどの
地エビの殻もくもくと取っていたおばちゃんが居ます

おばちゃんの作るひやむぎのおつゆはしいたけや
イリコでだしを取ってるからすごく美味しいんです
今でこそ当たり前ですがその当時40年以上前、
きゅうり卵ハムをのっけてそれはそれは彩りもよかったです
そのほか煮物や天ぷら、、おばちゃんの作る料理はどれもおいしかったです

ワタシたち子供にご飯を食べさせ次は母たち兄妹とそのツレ
子供ながらにおばちゃんはごはんを食べてるのかなぁと思うくらい
よく働いて接待しておりました

それから十何年後・・・
偶然にもこのおばちゃんの住んでいる所の近くに嫁いできたワタシ
時々、突然訪ねて行ってもいつも台所はピカピカで、
流し台が光っており、お鍋もきれいに収納されてました
リビングの緑のじゅうたんは毎日掃除機を掛けた跡があります
それくらい几帳面なおばちゃんでした
昭和のお嫁さんの鏡のような人でした

大人になったワタシの原点はおばちゃんにあるといっても過言ではありません
なるべく近付くように家事に至っては日々努力はしております(笑)

こんなに早く、突然に逝ってしまうなんて思わないから
ちゃんとありがとうを伝えておけばよかったと後悔する今日この頃
もぅ遅いんですけれど・・

だから本郷のおばちゃんの娘さんのSちゃんの落胆ぶりには
声掛ける言葉が見つかりませんでした
ワタシの母は癌が見つかってから3ヶ月半での旅立ちでしたから
毎日のように病院に行き、お話やお世話も出来ました
不安もありましたが、何かの間違いだと思いながらも多少の心積もりもできました
でもSちゃんは・・・突然の出来事で、、
本郷のおばちゃん、ありがとうございました
おばちゃんのこと、、大好きでした。。みんなに自慢できるおばちゃんです
これからもずっと忘れないから・・・
おばちゃん、安らかに・・
あちらではゆっくりしてくださいね

15年前に逝ったうちのかぁちゃんと逢って下さいね 

おばちゃんらしい控え目で上品な祭壇でしたね

ご冥福をお祈りいたします