■松代群発地震
この体験をした人は限られた地域で限られた年代を過ごした人達で、震源は須坂から坂城辺りまでで、最盛期は昭和40年~42年頃までです。
我々が中学生から高専に入学した頃に起こった群発地震です。毎日のように大きな揺れを感じていたわけですが、さすが震度5ともなると恐怖感に襲われましたね。
よもやこの歳でこの松代地震に深くかかわるとは思いもしませんでした。当時の資料を管理していますが、土木建築をはじめ農業、医療、学校、消防、水道、などなどあらゆる分野で対策や調査がされていたことが報告されています。
長野市の県庁庁舎も丁度この時期に立てられ、その担当者の苦労が残されています。
さて、話は尽きなくなるので、参考になるかと思い基礎的な数値をあげておきます。
松代地震はまだ続いています・・・というと?っと思われるかもしれませんが、半径10km以内に発生した地震を定義しているので、無感地震は平均1個/1日、有感は2~3個/年程度観測されます。
松代群発地震は昭和40年(1965)8月3日に始まり、行政的な終息宣言が出されたのが昭和45年(1970)4月です。最盛期は昭和42年10月までで、この間に活動は皆神山を中心に第1期~第5期まで分けています。
1965年から2007年に松代で観測された有感地震の回数は、震度Ⅴ(9回)、Ⅳ(50回)、Ⅲ(434回)、Ⅱ(4,794回)、Ⅰ(58,025回)となっています。
ピークとしては1966年4月17日にⅤが3回、Ⅳが3回、有感が661回、無感が6,789回という休みなく発生していたという信じられない記録が残っています。
当時、須坂にいたので服を着たまま寝たこともありました。当時の私の日記には佐藤首相が松代に来た翌日に震度5が発生し、1日早ければと思ったと書かれていました。