僕が看護師になるまで
この記録は、自分自身の人生の一端を綴るためのものだ。いつか振り返ったとき、自分がどこから来て、どこへ向かおうとしているのかを再確認するために——。
僕はいま、看護師として働いている。だが、最初からこの道を強く志していたわけではない。むしろ、ほんの偶然のようにその一歩を踏み出すことになったのだ。ここでは、その最初のきっかけから語っていこうと思う。
僕が「看護師」という職業を初めて意識したのは、小学六年生の夏のことだった。きっかけは、職場見学の課題。夏休みの自由研究の一環で、誰かの仕事現場を見に行く、というありふれた課題だった。僕は迷うことなく、父の勤める病院を選んだ。というのも、父も母も、ふたりとも看護師だったからだ。
しかし、当時の僕の目的はどこか不純だった。「白衣の天使」という言葉に胸をときめかせ、テレビドラマに出てくるようなきれいなお姉さんに会えるかもしれない、という淡い期待を抱いていたのだ。一方で、夏休みの宿題を早く終わらせたいという面倒くささも混ざっていて、期待と倦怠の入り混じった、なんとも中途半端な気持ちで病院へ向かったことを覚えている。
父の勤務先は、県立病院の内科病棟だった。白く清潔な廊下を進みながら、父は笑いながら言った。
「無理に全部見なくてもいいよ。軽くおばあちゃんとお話しして、雰囲気を感じられればいいから」
ナースステーションで簡単に挨拶を済ませると、僕は父に連れられて病室のひとつへと案内された。大部屋の一角、カーテンで仕切られた小さな空間には、優しそうなおばあちゃんがひとり、穏やかな顔で横になっていた。
「よく来たね。偉いねえ。こんなのしかないけど、食べなさい」
そう言って差し出されたのは、どこか懐かしい和菓子だった。時間にして、たった十五分ほど。父が仕事に戻る間、僕はそのおばあちゃんと他愛もない話をしながら過ごしていた。
その時だった。ふと、カーテンの隙間から見えたのだ——白衣に身を包んだ、まさに「白衣の天使」と呼ぶにふさわしい女性の姿が。
整った顔立ちに、優しい笑顔。そして凛とした立ち姿。僕は思わず見とれてしまった。「やっぱり病院にはこんなきれいな人がいるんだな」と、少年らしい素直な感想が胸をよぎった。
だが、次の瞬間——彼女は、その優しい手で寝たきりの患者の排泄物の処理を始めたのだった。
その光景は、僕にとって衝撃だった。人間は年を取ると、あるいは病気になると、こんなふうになってしまうのか。そして、それを支えるのが看護師の仕事なのか。僕の中にあった「白衣の天使」というイメージは、一瞬で現実の重みに押しつぶされた。
病室を出た後の僕は、どこか放心していたのだと思う。帰りの車の中で、父が静かに尋ねた。
「どうだった?」
僕は正直に答えた。
「…すごく大変そうだった。怖かった。自分には無理だと思った」
父は笑った。そして、それ以上何も言わなかった。ただ黙って、僕の言葉を受け止めてくれた。その笑顔の奥に、どんな想いがあったのか——当時の僕には、知る由もなかった。
これが、僕が看護師という仕事の一端に初めて触れた日の出来事だ。