三年生になり、実習が本格化するにつれて求められたのは、患者さん一人ひとりの疾患だけでなく、その人らしさ—性格や生活背景、人生まで想像しながら寄り添う看護だった。しかし、これまで好き勝手に生きてきた僕には、それが何より難題だった。高校時代、人間関係は“気の合う相手”とだけつるめばいいと思っていたし、誰かの気持ちを慮るなんて行為とは無縁だったからだ。

 

担当したのは、脳梗塞により半身不随となった70代のSさん。治療は終盤を迎え、あとはリハビリさえこなせば退院できる──そんな「合理的」な見立てを胸に、僕は緊張しながらも自信満々に“リハビリ押し”で挨拶に向かった。しかし、Sさんの言葉は凍りつくほど重かった。

 

「もう私の人生は終わったんだから、意味なんてないよ。」

 

その瞬間、頭の中は真っ白になった。合理性を振りかざす自分への驚きと、Sさんの痛みに対する無神経さへの後悔が混ざり合い、恥ずかしさと罪悪感で胸が張り裂けそうだった。二日間、僕は何をしても空回りし、「どうすればいいのか」がわからなくなっていた。

 

そんなとき、実習教員の一言が胸に突き刺さる──「自分に置き換えて考えてみたら?」。もし自分が突然、自由に動けなくなったら、挫折感と絶望感に押し潰されるだろう。必死に想像した結果、僕の中に湧き上がったのは、Sさんへの深い共感と、自分の無知への痛烈な反省だった。

 

翌朝、僕は息を詰めながら「ごめんなさい」とだけつぶやき、心から謝罪した。Sさんは一瞬目を伏せたあと、「誰にもわからないよ」とつぶやきながらも、ぽつりぽつりとこれまでの苦しみを吐き出してくれた。普通に歩く人々を見るたびに襲われる疎外感、当たり前の日常を失った絶望。言葉にならない悲しみが、ゆっくりと僕の胸に染み入ってきた。

 

以後の数日間、僕はただ黙って耳を傾け続けた。理解しきれない苦悩を前に、自分ができるのは「ただ寄り添う」ことだけだと知った。その姿勢を続けるうち、Sさんの表情にはわずかながらも安堵の色が浮かぶようになり、僕は看護の本質を初めて肌で感じた。

 

その後、Sさんは少しずつ心を前に向け、実習最終日の5日目には初めて病室から一歩外へ出て、リハビリに向かう決意を見せてくれた。あの瞬間、僕は初めて「看護とは何か?」を肌で、ほんの少しだけ理解した気がした。

 

あの経験は、技術や知識以上に大切なものを教えてくれた――誰かの心に触れる勇気と、その声を受け止める覚悟。これからも僕は、この学びを胸に、一人ひとりの患者さんと真摯に向き合っていきたい。