テン・ツク・ポン・テケ・テン・テケ・ツク・ポン
『当節、長屋の花見』
え〜、だいぶ陽気がよろしくなりましたようで・・。
春といいますと、お花見のシーズンでございます。
満開の桜の木の下は、どこでも花見客でごったがえしております。
真っ昼間から宴会をやってるグループもありますが、
その横では場所取りの若いサラリーマンが、
独りでビニールシートの上にごろんと寝転がって、
天下ご免の昼寝をしていたりしていますな。
浅草あたりですと、賑やかなお囃子(はやし)に合わせて、
おなご衆の手踊り行列なども観られます。
江戸の頃は、浅草寺奥山、上野寛永寺境内、墨堤(隅田川東岸)、
飛鳥山、御殿山なんて処が、花見の名所となっておりましたようで・・。
落語で長家の花見といいますと、なんですな・・、
酒の代わりは番茶、蒲鉾(かまぼこ)の代わりは沢庵(たくあん)、てなとこに
相場が決まっておりましたようで・・・。
大家 「お〜い、みんな、明日は花見に行くよ〜!」
八・熊 「へえ、花見ですかい?」
大家 「なんだい? やけに気乗りのしない返事だねぇ・・」
八 「だって大家さん、昔から長家の花見といゃぁ、
しみったれの大家・・・じゃない、お大尽(だいじん)が、
番茶と沢庵で安上がりにやるって、ことに相場が決ってやすよ・・」
大家 「ところが、今どきの長家は、そうではない」
熊 「へぇ、どこか違うところがあるんで・・?」
大家 「じつは、あたしゃ、今日、競馬で大穴を当ててね・・、
ちっとばかり懐が暖かいんだ」
八 「そいつを先に言ってくだせぇよ・・! さすが大家さん・・!
長家の大魔神 ! 大統領 !
そーゆーことなら明日といわず今夜行きましょうよ。
今夜、今夜 !」
熊 「そうだ、そうだ。こういうことは、気が変わらないうちに・・
やったほうが安心だ」
大家 「なんだい・・、急に元気になりやがったな。
まあ、今夜は月夜だし、夜桜見物にはもってこいだな。
そいじゃあ、熊さんは一走り先に行って、場所を取っておいとくれ。
八っつぁんはこの御脚(おあし)で適当に酒と肴(さかな)を
見繕(みつくろ)って持って行っておくれ。
あたしゃ、みんなを誘って後から行くから・・」
八・熊 「へいっ、ガッテンで・・!」
・・こういうことになりますと、
人間というものは行動が迅速になるようにできてますようで・・・、
普段のろまの熊さんが、あっという間に500m先を走っています・・。
大家 「みんな揃ってるかい? 迷子になってないかい・・?」
長家の衆 「へ〜い、でぇじようぶでげす。
ここで迷子になったらご馳走にありつけないすからね・・」
・・花より団子(だんご)という連中ばかりのようで・・・。
大家 「ほぉ、みごとな桜だねぇ! 満開だな・・」
長家の衆 「すごい人出ですねぇ・・!」
大家 「はて、八っつぁんと熊さんはどこだろうねぇ・・?」
熊 「お〜い、ここだ、ここだ」
長家の衆 「なんでぇ・・、でぇぶ外れの方だな・・」
「おいおい、横はゴミ捨て場だよ・・」
「後ろは公衆便所でねぇかい・・」
「桜の木は・・、あゝ、一本あるにはある・・」
「でも貧相な木だねぇ・・、花も仕方なく咲いてるって感じだねぇ・・」
熊 「周りを見ろよ! 空いてる地面と云ゃあ、ここしかねえだろ・・」
大家 「まあまあ、出足が遅かったからしょうがない・・。
当節、不景気な世の中だ。そうそう贅沢(ぜいたく)を云っては
いけません。
ここから、遠くに見える見事な桜を眺めて花見とするのも
オツなもんです。
さあさあ、酒と肴をお出し・・」
長家の衆 「へぇ、大家さん、ゴチになりやす」
「大家さん、ゴチ」
「へぇ、ゴチ」
「ゴチ」
・・前の人に便乗して、段々端折(はしょ)ってまいります・・。
「ゴ」
・・おいおい、誰だい? ありったけ端折るやつは・・?
長家の衆 「冷や酒はキューッとやるに限るねぇ〜!」
「本物の酒だよ、これ!」
「沢庵じゃないよ! 本物の蒲鉾(かまぼこ)だ! これ・・」
「本物の竹輪(ちくわ)だ!」
「本物の団子(だんご)だ!」
大家 「おいおい、なんだい? みんなしてみっともでい・・。
あたしが、まるで紛(まが)い物を商いにしてるみたいに聞えるから、
お止しよ」
長家のかみさん 「ちょいと、大家さん! 貧相な木の上に何か居ますよ・・」
熊 「居たって構(かま)うこたぁねぇさ。おおかた夜烏だ・・」
八 「そうだそうだ。このあたりを見てちゃぁいけねぇ。
遠くの見事な桜を眺めてりゃぁいいんだ・・」
長家のかみさん 「なに言ってんだい! よ〜く見なよ。何か動いてるんだよ!」
長家の衆 「あれ!? 女のようですぜ・・」
「金髪に振り袖姿だ・・」
「どれどれ、あーっ、着物を着た女だ!」
大家 「お〜い、そんな高いところに昇ってないで、降りといで・・」
熊 「あっ、なんてぇ乱暴な女だ! 飛び降りやがった」
八 「昨今の女は、威勢がいいや」
長家の衆 「それにしても、不細工な女だな・・」
「全身、毛だらけだよ・・」
「どう、ひいきめに見ても、猿だよ、モンキー・・」
女 「おう、おう、おう! 降りろと言うから降りてきてやったんでぇ!
不細工だの、毛だらけだの、猿だのと、やかましいやいっ!」
熊 「お〜、江戸っ子みてぇな猿だな・・」
大家 「おまえさん、どちらからお出でなすった?」
女 「どちら、と云うほどの所じゃねぇけどよ、・・ちょいと逃げて来たのさ」
八 「何か悪いことしたんか?」
女 「見損なっちゃあいけねぇや。あたいはロボットだよ。
人間と違って悪事は働かないね」
熊 「へぇ〜、ロボットが何で逃げるんでぇ?」
女 「あたいを買った野郎が、超変態なのさ」
八 「へぇ〜、どんな変態野郎だ・・?」
女 「あたいの全身に猿の縫いぐるみを着せて、
頭に金髪のカツラを被せて、ミニの振り袖を着せて、
おまけに厚底ブーツまで履(は)かせたってわけさ」
熊 「へぇ〜、変わったことする変態だな・・?」
女 「べらぼーめ! 変態が変わったことしねぇで、誰がするんでぇ・・
そのうえ、痴漢するんだ・・」
大家 「ロボットに痴漢するのかい・・?」
女 「そうさ、着物の裾(すそ)をまくり上げて、何時間もしげしげと眺めてから、
全身を舐(な)めまわすのさ。たまんねぇよ、まったく・・」
八 「筋金入りの変態だな!」
熊 「それで、トンズラしたってわけだ」
女 「あっ、来た来た・・、あいつだよ。あたいを追っ掛けて来やがった・・」
八 「なんだ、呉服屋のバカ旦・・、いや若旦那じゃねぇか・・」
熊 「バカ旦那のストーカーだ」
大家 「よしよし、ここはひとつ、懲(こ)らしめのために、
みんなでとっちめてやろうじゃないか・・。
いいかい、みんな早いとこ酒飲んで、
酔った振りしてバカ旦那に絡(から)むんだ。
・・そこで、ひそひそ・・いいかい?」
一同 「がってん、承知!」
大家 「これ、ロボちゃんや、
その毛皮とカツラと振り袖と厚底ブーツとを貸しとくれ」
女 「やだよ〜。坊主で裸じゃ、世間体が悪いじゃん・・」
一同 「てゃんでぇ! ロボットに世間体もへったくれもあるかってんだ・・」
・・なんともはや、乱暴にもロボットから身ぐるみ剥いでしまいましたな・・。
大家 「いいかい、ロボちゃんは、そこのゴミ捨て場の脇に隠れておいで」
・・準備が出来て、一同、手ぐすねひいて待ち構えています・・・
・・そんな陰謀が、前方で待ち構えているとはつゆ知らず、
件(くだん)の若旦那は、「あたしのロボ子は、どこざんす・・」
・・と汗をかきながら、やって来ましたな・・。
八 「いよ〜っ、若旦那。こんち、いい陽気で結構でござんすねぇ〜」
若旦那 「結構じゃござんせんよ。あたしのロボ子が居なくなったざんす」
熊 「なあに、ちょいと買い物に行ったんだ」
大家 「直ぐに戻りますよ。それよりどうです!
今夜は折角の花見日和ですよ! 若旦那もご一緒にどうです!」
若旦那 「あたしゃ、酒にはめっぽう弱いざんす・・」
八 「な〜に、でぇじょうぶ。今夜は下戸(げこ)の集まりなんで・・」
長家のかみさん 「さあさあ、名物の団子もありますよ」
若旦那 「おや? 団子もあるのかい?
あたしゃ、団子には目が無いざんす・・」
八 「若旦那、どうぞこちらへ。
遠くの見事な桜が眺める特等席でやす」
若旦那 「うんうん、遠いけど見事な桜ざんす。
・・・もごもご、旨い団子ざんす・・」
大家 「さあさあ若旦那、キューッとやってくださいよ。
酒はいくらでもありますからね!」
若旦那 「キューッ、旨い!
それにしてもさっきから後ろでなにか動いているざんす・・?」
大家 「おーっと、若旦那。このあたりを見てちゃいけませんよ・・。
ここは、『遠見の桜』といいましてね、
遠くの桜だけを見て帰るのが粋(いき)、とされている名所なんですから」
若旦那 「おや、さいざんすか? あたしゃ、粋で世渡りしてるざんす」
長家のかみさん 「さあさあ、『粋の若旦那』。威勢良くパーッと呑みましょうよ」
・・さあ、呑めや歌えで乗せられた若旦那、
すっかりべろんべろんに出来上がってしまいました・・・。
若旦那 「ふーっ、酔った酔ったよ、べらぼーめ!」
八 「おや、若旦那、言葉遣いが変わっちまったよ・・」
熊 「え〜、若旦那、これからどちらへ・・?」
若旦那 「ふーっ、なにをっ? どちらへ?
どちらへって・・どちらなんだってんだ! べらぼーめ・・」
大家 「若旦那。だいぶ汗をかいて、着物が汗臭いから、
こちらのさっぱりした着物に着替えて、さあさあ・・」
・・といって、ロボ子が着ていた毛皮と振り袖を着せちゃいましたな・・。
若旦那 「着物が汗かいた・・? とんでもねぇ着物だ・・!」
八 「若旦那、夜露に濡れるといけねぇ。この帽子をかぶりなせぇ・・」
・・といって、ロボ子がかぶっていた金髪のカツラをかぶせちゃいましたよ・・。
熊 「若旦那、履物が見当たらねぇんで、
この新品の靴をはいて行きなせぇ・・」
・・といって、ロボ子のはいていた厚底ブーツをはかせられた若旦那は、
「ゴチになったよ、ベらぼーめ・・」と言いながら、よろよろと行ってしまいましたので、
一同手をたたいて大笑い・・。
大家 「ロボちゃんや。さあ敵(かたき)はとったよ。
さて、ロボちゃん、お前さんのこれからの身の振り方だが・・、
どうだい・・、うちの長家へ来るかい・・?
みんなで歓迎するよ」
ロボ 「ご親切は有り難いんでやんすが・・、
あたいも酒には弱いんで・・・」
おたいくつさまで・・・